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2005年12月20日 (火)

李朝末期

・李朝末期
 AYLI ~As You Like It - 日本が寄生虫に…

李朝末期

北朝鮮を彷彿とさせる事実





こんてんつ





朝鮮の開国


朝鮮を一番最初に開国させたのは日本で、前章でも書いた江華島条約(1876年2月締結)によるものです。この条約を見てみましょう。



第1条 朝鮮ハ自主ノ国デアリ、日本卜平等ノ権利ヲモツ。
  コレカラ両国ハ和親ノ誠意ヲ表スルタメ、互二同等ナ礼儀デ対シ、少シモ侵略ノ野欲ヲ抱イテハナラナイ。先ズ従前ノ国交阻害ノ禍根デアル諸法規ヲ廃止シ、極力公明正大ナ法規ヲ広ク規定シ、双方ノ永遠ノ安寧ヲ期スルコト

いきなり、「朝鮮は独立国です」から始まる辺りが、清の属国であった事実を伺わせますね。後にも触れますが、日本としては朝鮮に独立してほしかったことが分かります。礼儀云々は事大主義・儒教信奉の朝鮮に対しての嫌味でしょうか(笑)

ちなみにこれは不平等条約でありました。その点についての議論はしません。今の時代の価値観で語られても困りますから。ただ、治外法権だけは今の価値観でも首肯できます。当時の朝鮮で裁かれるのは絶対イヤだな。と思わせる事例(拷問等)がこの後、いろいろ出てきます。

chousen-goumon.jpg

同様の条約を諸外国と結んで、朝鮮もとうとう開国します。あ、同様の条約と言っても西欧列強は朝鮮を清の属国と見なしており、朝鮮を独立国家として扱ったのは日本だけだという事実も付記しておきます。





外国人から見た朝鮮


李朝とは1392年に朝鮮半島に立てられた王朝、李氏(りし)朝鮮です。日韓併合まで、一応この王朝が続きます。開国したばかりの朝鮮を訪れる外国人から見た、李朝末期の朝鮮のありのままの姿を紹介します。日本の資料もたくさんあるのですが、これを使うと半島の方々からの「日帝の捏造だ!!」と言われるのは目に見えているから…(笑)





首都近辺の様子



「北京を見るまで私はソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだと考えていた。都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず…」 「彼らはいつも借金で首が回らず、何かちょっとした官職の一つでも回ってこないかと首を長くしており、それを得るためにあらゆる卑劣な行為をつくし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう」 「読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが、このため朝鮮の独立はきわめて困難で、将来を望むことが難しい。朝鮮の事々物々はことごとく低級である。貧弱である。劣等である。イギリス旅行家イザベラ・ルーシー・ビショップ 「三十年前の朝鮮」


「貴方はみすぼらしい茅屋というものを見たことがあるでしょう。では貴方の知っている最も貧しい茅屋を、その美しさと強固さの程度を更に落として想像してみてください。するとそれがみすぼらしい朝鮮の住まいについての、殆ど正確な姿となるでしょう。」 「2階建ての家は探しても無駄です。そのようなものを朝鮮人は知らないのです」シャルル・ダレ、住居の項にて:289頁


「朝鮮人は一般に頑固で、気難しく、怒りっぽく、執念深い。それは彼らがいまだ浸っている未開性のせいである。」ダブリュイ主教「朝鮮事情」


…えらい言われ様である。が、しかし、これが「外国人から見た」李朝末期の正味の姿なのです。その他の外国人、韓国誌(ロシア大蔵省の資料)にも同様あるいはもっと詳しいことが書かれています。これらを「開国したばかりの朝鮮を訪れる外国人を日帝が買収して事実を捏造している」とかいうふざけた反論はお控えくださいませ。あと、「世界中の国が朝鮮に対して民族差別をしていたんだ」とかいう情けない反論もやめてください。


正直、これまではこんな事を書いても「いくらなんでも」と信用されない恐れがありました。また、朝鮮人たちの反発も予想されたものです。しかし、今なら誰もが信じるでしょう。もう私たちはあの北朝鮮の現状を知っているのですから…。





政治



「朝鮮の両班は、まるで支配者か、暴君のごとくふるまっている。両班は、金がなくなると、使者を送って商人や農民を捕えさせる。その者が手際よく金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行され投獄され、食物も与えられず、両班が要求する額を支払うまでムチ打たれる。両班の中で最も正直な者たちも、多かれ少なかれ、自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつて、ないからである。彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合支払いなしで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止する守令は一人もいない。」マリ・ニコル・アントン・ダブリィ主教「朝鮮事情」

李氏朝鮮の残酷な死刑や拷問に対して「こんな状況がまだこの地球の片隅に残されていることは、人間存在そのものへの挑戦である。とりわけ、私たちキリスト教徒がいっそう恥じるべきは、異教徒の日本人が朝鮮を手中にすれば真っ先にこのような拷問を廃止するだろうということだ」 スウェーデン人 アーソン・グレブスト  「悲劇の朝鮮」


韓国は古くから中国の属国だった。国を統治する王家はあったが、彼らは中国朝廷に朝貢し、外交政策は中国に指導を仰いでいた。」アメリカの鏡・日本 ヘレン・ミアーズ


1871年から、1872年にかけて、驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、西海岸の人々のなかには、娘を中国人の密航業者に1人当たり米1升で売るものもいた。北方の国境の森林を越えて遼東半島にたどり着いた何人かの朝鮮人は、惨たらしい国状を絵に描いて宣教師達に示し、「どこの道にも死体が転がっている」と訴えた。しかし、そんなときでさえ、朝鮮国王は、中国や日本からの食料買入れを許すよりも、むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ。」フランス人宣教師 シャルル・ダレ(朝鮮事情・平凡社東洋文庫)


政治は無いも同然でした。事大主義の影響で政治力が無いのはもちろんですが、これはなんとでもなります。それよりも、身分・序列を厳しく守る儒教信奉の呪縛は支配者層に「民を大切にしよう…」という気持ちを失わせてしまったのでしょう。身分が低い階層を徹底的に弾圧する両班の姿も、餓死していく国民を放置しておく国王の姿も、それを如実に物語っています。


この事態を招いた最大の原因が、儒教思想による身分制度の絶対性からくる、「民への慈悲の欠如」であったことは間違いありません。この気持ちがあれば、制度や政策なぞ、なんとでもなりますから。





身分制度


両班とは朝鮮における貴族階級のことです(文系の両班と武系の武班があった)。その他、良人と白丁(奴隷階級)がありました。儒教のせいでしょうね、身分差別は激烈で、日本の江戸時代に士農工商とは比べものにならないくらい酷いものでした。今でもその残滓は見受けられます。韓国人に出自を聞けばほぼ100%の人が先祖は両班だったと答えるでしょうから、そのメンタリティも知れようというものです。一番下の階層は白丁(ぺくちょん)と呼ばれ、彼らへの差別はすさまじく、これに耐えかね新天地を目指して日本に移住・密入国した白丁が戦後の在日を構成しています。半島へ帰れない理由はこの辺にもあったのですね。


他にも地域差別もありました。これは現在の韓国大統領選でも現れます。選挙そのものが地域対立の観を呈してくるのです。


要するに李朝末期の朝鮮の状態は(両班を除く)民衆にとっては最悪だったということです。「人間存在そのものへの挑戦」とまで言われる拷問。儒教では君子は何もしないで本を読んでいるのが理想とされていましたから、職人は軽蔑される存在でした。これによって技術は全然発達せず技術者の養成も全く可能性がありませんでした。君子たるべき両班は働かないどころか「両班はキセル(タバコを吸う道具)ですら、自分で持つことをせず、徹底して何もしないのが習わしであった。」のです。この階級が人口の48%にまで増大した季朝末期の民衆の苦難は想像に余りあるでしょう。国の半分の人が何もしないで食っているのですから…また、人口1000万近くの内、軍人はわずか2千人に過ぎず(武班より両班の方が序列では上なので…)、軍事的には、宗主国である清に依存する体質でした。


上の文献にもあるように、48%を占める両班の横暴によって民衆の勤労意欲は減退の一途を辿ります。カナダ人ジャーナリストのマッケンジーは「朝鮮の悲劇」でこう書いています。「私は、十分に耕せそうな土地をほったらかしにしていながらも、飢えに苦しむ農民のさまが理解できなかった。『どうしてそれらの土地を耕さないのか?』と聞いたところ、『耕せば耕すほど、税をとられるだけのことだ』という返事があった。」と。


そして、首都であるソウルが夢の島状態。世界でトップクラスの汚さと評価されています。実際、伊藤博文もその話を聞いてまさか、と思いました「やせてもかれても王城の地(一国の首都)だ。そんなはずはない…」と言ったそうですが、実際に見て、即座に日本人公官専用の街を作りましたとさ。


また、無秩序に燃料の薪を切り出すから禿山ばかり、治水もしていないため、洪水が頻発。自然の雨に任せる農法のため、生産高は上がらず、李朝期を通じて朝鮮の人口は全く増加しませんでした。また、朝鮮農民の間には、古来から「春窮、麦嶺越え難し」という古諺があります。農民は収穫の5割以上が年貢として取り立てられてしまい、収穫した米も翌年3月の初めごろには全部、食いつくしてしまいます。そこで、じやがいもや麦のできる6月までの3ヵ月は、春窮期といわれ、この期間には定期的に餓死者が出るという社会でした。


何はともあれ、李朝末期の半島は、今の日本人が想像もつかないレベルの荒廃したヒドイ国家だったのです…書いてて泣きそうになった。しかし、これは今の北朝鮮を見れば分かるでしょう。人口の1割2割が死んでも平気なのが朝鮮人の為政者の特性です。ちなみに日本では…なんちゃらの大飢饉の時でも1割2割も飢え死にしていないと思う。(要調査)





まとめ


政治は乱れ、庶民は困窮を極め、軍事的には無力で、身分差別や地域差別がすさまじく、不潔で汚い首都、それから連想すれば病気も蔓延していただろう事も容易に想像のつく、とんでもない社会だったのです。 また、経済は疲弊どころかまともに機能してなかったのも実情でした。


現在の北朝鮮はどうでしょうか?51もの出身成分による差別。食料は党と軍に配分され、一般の人々が百万人単位で死んでいく現実。しかし、為政者は自分の権力と、メンツだけを守るために、なすべきコトをしていません。病院の点滴がビール瓶で行われている現実は、時代こそ違え、全く同じと言えます。


彼らは歴史に学ばなかったのでしょうか?いいえ、違います。栄光に満ちた朝鮮史の捏造過程で、悲惨な李朝末期の歴史は飛ばされてしまったため、彼らが作り出したヒデヨシ・ニッテイ以外に朝鮮には悲惨な歴史はありません。なくなってしまった悲惨な歴史には何も学べません。そして今、同じ間違いを繰り返しているのです。


参考リンク:4人の外国人が見た韓国併合前の朝鮮





おまけ


ちなみにこれより前に日本を訪れた外国人は日本をどのように思ったのでしょうか。





「人々はみな清潔で、食料も十分にあり、幸福そうであった。これまでにみたどの国にもまさる簡素さと正直さの黄金時代をみる思いであった。」
幕末に来日したアメリカの総領事


「我々ヨーロッパ人は、互いの間では賢く写るが、日本人に比べるとはなはだ、野蛮であると思う。私は毎日、日本人から教えられることを告白しなければならない。私は世界の中で、これほどまで天から才能を与えられた民族はないと思う。」 「京都は、ヨーロッパならローマにあたるが、科学、見識、文明はローマよりはるかに高尚である。信仰さえ別にすれば、我々は日本人よりもあきらかに劣っている。」16世紀 イエズス会本部への報告書より宣教師 ニエッキ・ソルド・オルガンティーノ


「日本人は何よりも名誉を重んじ、彼らの大多数は貧しいが、貧困は貴族にとっても武士にとっても平民にとっても、決して恥ずかしいことでも、不名誉なことでもない。彼らは『正直さ』のほうを選ぶ。未信心者のなかで、日本人より優れている民族はいないと思われる。」 宣教師  フランシスコ・ザビエル


にゃあん…こそばゆいです。日本人に生まれたことを本当に心から誇りに思える。他にも文献はいっぱいあるが、これくらいにしておこう。だって、誰かさん達があまりにも可哀想だから…。


平和と環境保全のモデル社会-江戸


花のお江戸はボランティアで持つ





Copyright (C) 2003 AYLI

※引用文中の画像とリンクの一部は、私が勝手に付与したもの

【こんてんつ】
日韓併合前夜
事大主義の悲劇
李朝末期
2つの戦争
そして併合へ…
朝鮮総督府


【追記 H21.6.19】
 当時の風景を説明する資料を以下に示す。







・朝鮮の夜明け前 p22
 朝鮮軍司令部 1904‐1945
 朝鮮王国の宮廷が所在する首都は漢陽である。しかしこの名前で呼ばれることはほとんどなく、普通ソウルと呼ばれているが、この言葉は大都市とか首都を意味している。ソウルは山並みに囲まれており、漢江の流れに沿って位置し、高くて厚い城壁に囲まれた町であるが建物には見るべきものはない。いくつかの道路(巾約16メートル)を除けば曲がりくねり、背負子人夫の往来も窮屈な路地ばかりである。足にひっかかるものといえばゴミ。瓦屋根は宮殿といくつかの役所だけで民家はすべて背の低い草葺の家である。屋根が風で飛ばされないように縄をかけた小屋がほとんどで、二階建ては全土に存在しなかった。これは王を上から見るのを禁ずるためとも、冬季の暖房であるオンドルを二階に工事するのが困難だったからだとも言われている。周囲の城壁は太祖(李成桂・在位1392-98)によって造られたが、四代世宗(在位1419-50)によってさらに新しい城壁が積み上げられた。

 周囲は歩幅で9975歩あり高さは約10メートルである。大門4つと小門4つの8つの門があった。大門はきわめて美しく、その上に中国式の楼閣が載っている。夜が訪れ、役人が鐘を鳴らすと城門はぴたりと閉ざされて、いかなる高官といえども開門はできなかった。そして城内の男は謀反・陰謀防止のため屋外に出歩くことを禁止された。(省略)

 昔の市街は非常に汚かった。犬が非常に多く、どんな家庭も食用として飼っていたが、病犬の多いのには閉口した。びろうな話で今頃の朝鮮人諸君は驚くかもしれないが赤ん坊の用便は全て犬が掃除してくれるという、不潔きわまる有様であった。犬肉のスープはポシンタンといって人々の大好物だった。
朝鮮軍司令部 1904‐1945

国書刊行会 [著] 古野 直也

ASIN:4336031940 /-/280頁

発売日:1990-12

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