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2006年05月04日 (木)

世界で一番高いビルを作り上げたコリア

 昨日、自国の力での防衛の必要性について、マキアヴェッリの言葉を引用した。このマキアヴェッリの生まれた頃の時代をせっかくなので加筆する。

 マキャベリは、1469年5月3日、フィレンツェ(イタリア)の都心で生まれた。当時のイタリアは、ヨーロッパの他の国々を中世と呼ぶのと区別して、ルネサンスと呼ばれるようである。ルネサンスのイタリアは、芸術においてもヨーロッパの中心地であった。

 芸術に自身がない私も、マキアヴェッリが書記官(外交官)として勤めたフィレンツェの政庁(パラッツォ・ヴェッキオ)を見ただけで、その凄さを感じずにはいられない。

Palazzo Vecchio Signoria広場より・・・パラッツォ・ヴェッキオ
PalazzoVecchio.jpg

 このような芸術を支えたのが職人である。職人が勤める工房は、伝統に従い、都心では4、5階になるのが普通の建物の1階にあった。また、高名な親方の率いる工房は、しばしば中庭まで広がることもあった。そこでの仕事ぶりや、出来上がった作品は、道行く人は誰でも容易に眼にすることができたようだ。

 このような人目に晒される周囲の環境も、職人が腕を磨く良い材料となったに違いない。また、職人は、腕だけではなく、根性までもが磨き上げられたのだろうか。

 ここで、フィレンツェ芸術に寄与したブルネレスキのエピソードを引用する。

・目をあけて生まれてきた男
 わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡
 フィレンツェ第一の協会であるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の円屋根を、ブルネレスキの考えたプロジェクトに沿って建設することには決まったのだが、あまりにもブルネレスキの案が建設技術上革命的なために、スポンサーであった毛織物組合としては恐ろしくなってしまった。それで、建設作業の共同監督として、ブルネレスキの大胆さのブレーキ役としてが本音だったのだが、高名な彫刻家であり建築家でもあったギベルティと、その他にもう一人を、ブルネレスキにつけることに決めたのである。

 それが、ブルネレスキには気に入らない。共同監督など、望みも要請もしなかったのだ。さて、一大事業として鳴りもの入りで作業が開始されたのだが、ブルネレスキは、病気と称して出てこない。二人の共同監督たちは困ってしまったが、ブルネレスキ不在のまま日が重なるだけだった。

 二人の共同監督は、二人ではこの仕事は進めることは不可能だと、毛織物組合に伝える。組合の幹部としては、ブルネレスキの案を廃して別のプロジェクトでクーポラ建設を進めるか、それとも、ブルネレスキの好きなようにやらせるかの、選択を迫られたことになった。長時間の話し合いの末ついに、組合の代表がブルネレスキの家に行き、建設作業を指揮する監督は、彼一人とすると伝えたのである。翌朝、何事も起こらなかったのようなすました顔をしたブルネレスキが、建設現場に姿をあらわしたのは言うまでもない。

 ブルネレスキが死んだのは、マキアヴェッリの生まれる23年前である。

 こうして出来上がったのが、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の円屋根である。
 
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
250px-StMariaCupola.jpg

 このような芸術的価値のあるものに対して、ヨーロッパでは、戦争においても気を使うようである。

・目をあけて生まれてきた男
 わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡
 第二次大戦当時のイタリアは、シチリアに上陸した連合軍と後退を続けるドイツ軍が、イタリア半島を南から北に戦線を移動していったのは、ロッセリーニ監督の映画「戦火のかなた」に描写されているとおりだが、フィレンツェも一時、アルノ河の北と南に分かれて戦火を交えた時期があった。ドイツ軍は、ポンテ・ヴェッキオ以外のすべての橋を爆破したが、両軍とも、アルノ河一帯の建物のうち、史的芸術的価値があまり高くないとした建物の破壊には、さして神経を払わなかったようである。反対に、ピッティ宮はもちろんのこと、マキアヴェッリの家から5、60歩の距離にあるグイッチャルディーニの家も、無傷で残った。

 ちなみに、ドイツ軍からの爆破を逃れた唯一の橋であるポンテ・ヴェッキオが、これ。街の景色が鏡のように映るように、人工的に河の流れを穏やかにさせていることも特徴の一つらしい。

★ ポンテ・ヴェッキオ(2005年7月)★
 港の見える街から
vecchio01.jpg
世界でも最も有名な橋のひとつが、このポンテ・ヴェッキオです。
イタリア語でPonteは橋、Vecchioは古いという意味。
その名の通り、1345年に完成したフィレンツェで最も古い橋です。

特徴は、なんといっても「家付き橋」であること。
かつてヨーロッパにはこのような橋が多かったそうですが、
いまではこのように大規模なものは、
ほかにはエアフルト(ドイツ)のクレーマー橋くらいです。

 一方、日本はどうであろうか?日本国の象徴である天皇陛下でも五月と十月に田圃に入って見せられるように、国民も、労働を厭わなかった。

 そのおかげで、フィレンツェで最古の橋であったポンテ・ヴェッキオが完成した翌年の1346年に、姫路城が築城できたのであろう。

姫路城
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
275px-Himeji-jo.jpg
姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にある城。白漆喰の城壁の美しさから白鷺城(しらさぎじょう、はくろじょう)とも呼ばれる、日本における近世城郭の代表的な遺構である。

築城以来廃城や戦火の危機を免れてきたことから天守をはじめ多くの建造物が現存し、うち大天守、小天守、渡櫓等8棟が国宝、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に指定されている。また1993年、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録される。

三大国宝城の一つに数えられ、築城以来の姿をよく残していることもあって時に「天下の名城」あるいは「日本一の名城」とも言われる。

 ただ、イタリアと異なり残念なことは、名古屋城などの文化遺産が、大東亜戦争におけるアメリカの空襲で無慈悲にも破壊されたことである。
 この破壊に挫けないで、愚直に労働に励むのが日本のよさである。これが、昨日述べた日本の優れた技術力といった外交カードにつながる。外務省は、このことを素直に感謝し、有効に活用して頂きたい。

・日本の技術が世界に貢献する 石原
 断固「NO」と言える日本
(前略)
 日本の技術は工夫の積み重ねで、あたかもシングルヒットばかりのように見えながら、実は一本のホームランなどではとても及びもつかない所まで達しているのです。先に述べた半導体と同じように、他の先端技術の面でも着実にかつての技術先進国であるアメリカを追いつき追いこしつつある。

 たとえば、アメリカ陸軍がNASA計画の中で月面のある地点までの距離を正確に測るために開発したレーザーによる測量の技術体系を活用して日本はトンネルを掘る精密機械を開発し、その機械と資金が今ドーバー海峡の海底トンネルを掘っています。また、それを高層建築の精密度の確保のためにも利用して、50階以上の100メートルを超す頂上での建築誤差は日本では僅か2、3ミリ、アメリカの場合では2、3メートルにもなりかねないという。

 ところで、100メートルを超す頂上での建築誤差は日本では僅か2、3ミリという驚くべき技術力に対し、儒教を捻じ曲がって学んだ彼の国は、どうだったのだろうか?下記は、姫路城の築城年の1346年から、551年が過ぎた1897年頃のお話である。

日韓併合前の朝鮮半島。
Bird が見たSeoul
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ

牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。




 儒教の教えにより労働を軽蔑するので技術の蓄積ができない韓国と、日本が、共同で高層ビルを建築すると、このようになる。

世界で一番高いビルを作り上げたコリア
 大日本焼肉文化研究所
NAME kashigure1 閲覧数 : 85
TITLE : 日本と 韓国の合作ビル~綺麗な夜景付~

作成時刻 : 2004.02.08 14:31:56



k-petoronas0.jpg
左 日本が建設
右 韓国が建設

★ペトロナス・ツインタワー韓国側(右)の特徴★ 

・手がけたのはサムソン建設。
・現地人労働者に対する労働条件・環境は最悪だった。
・やや傾いている。
 (しかも倒れる時は日本が建てたビルにもたれ掛かって巻き添えにすると思われる。)
・天井の面積と床面積が微妙に違うらしい。
・日本の図面をそのままコピー(契約時の協力事項から)
・しかしながら、免震技術など図面に乗っていない部分はどのように作った分からない。
・日本が建てた側より少し高い。
 (どうしても日本人に世界一のビルを建てさせたくなかったらしい)
・そのような状況で、日本より早く建築を完成させたらしい。
・当然、評判が悪く空室率が高い。



窓の明かりだけでどちらが日本かわかるのは何故だろうねw
 傾きで倒れるのは勝手だけど、ここでも日本に迷惑掛けないでね
日本の図面をコピーしてもまともに作れないなんて 本当に劣化コピーしか出来ないんだねw

 このビルの行く末について、歴史から物事を学ぶ見識高い皆さんには、もはや何も語る必要あるまい。

パラオKBブリッジ@韓国製 半年で崩壊
 ★阿修羅♪
投稿者 ねこ 日時 2004 年 8 月 29 日 15:26:52
-----------------------------------
パラオKBブリッジ@韓国製 崩壊
-----------------------------------
p_b019.jpg
p_b020.jpg


崩壊
p_b021.jpg
p_b022.jpg
p_b023.jpg


日本のODA無償援助で再建@日本製
p_b024.jpg

p_b025.jpg

http://gomushi.at.infoseek.co.jp/world/palau/003.html

 パラオ本島とコロール島の間に約200メートルの橋が架かっています。これがKBブリッジです。実はこの橋は1996年に一度崩落しているのです。

 KBブリッジは、「Koror-Babeldaob Bridge」 の名前のとおり首都コロール島と空港のあるバベルドアブ島を繋ぐ橋で、島国パラオの交通の要衝として1977年に開通しました。

 建設するにあたり日本の鹿島建設も見積りを出したのですが、韓国の下請け会社が日本の半額で落札し、工事を行いました。ところがこれがひどい手抜き工事だったようです。コンクリートの固め方でさえでたらめだった。と言いますから恐ろしい限りです。その様子をつぶさに見ていた現地住民は当初からこの橋に不安を抱いて
いたようで、車で橋を渡るときは、もし海に落ちてもすぐ逃げられるようにと必ず窓を開けていたそうです。

 また、竣工直後から橋の中央部がたわみはじめ、15tだった通過制限重量がすぐに10tにまで減らされました。このたわみはやがて、通過する時おかしな揺れを体感できるほどに大きくなり、崩落事故の起きる頃には、徐行運転で渡るほかないという状態に陥っていたのです。



崩落前のKBブリッジの写真



そして1996年9月28日、悪夢は現実となります。

KBブリッジは突如真っ二つに折れ海に突き刺さりました。

崩落したKBブリッジの写真1.2.3



たまたま通行車両の少ない時間帯だったのですが、1名死者も出てしまいました。

 橋の内部には電線、水道、電話線が通されていたため、パラオのライフラインは分断され首都機能は麻痺。一時は国家非常事態宣言も出されました。この時、パラオと姉妹都市の三重県からはコンテナ空輸で飲料水が運ばれています。

 パラオ政府は、すぐに橋を造った韓国の業者に賠償請求しようとしたのですが、この時すでにこの会社は解散していて、手がかりすらなかったそうです。これは一体どういうことなのでしょう?この建設会社は1994年にソウルで崩落した橋を施工した業者でもあったというのです。

 ともかく途方に暮れるばかりのパラオ政府だったのですが、日本ではまず仮設橋の建設を援助し、日本のODA政府開発援助により約30億円の新たな橋を無償で架ける事になりました。施工にあたったのは因縁の鹿島建設です。工事中、現地の人達は「カシマ」という言葉を覚え、日本人を見掛けると「ありがとうカジマ」と声
をかける子供もいたそうです。


 実に5年の年月をかけ、橋は完成しました。2002年1月11日、開通式典が開かれ、橋の新しい正式名称が発表されました。

その名も「Japan-Palau friendship bridge」

 太平洋上を走るこの橋は、3000kmの距離を越えてパラオと日本に新たな時代の友情を結ぶ、「友好の橋」なのです。

【関連記事】
・(H17.07.21)没落する韓国経済の兆候
・(H17.07.22)没落する韓国経済の兆候(その2)
・(H18.05.03)拉致問題、上海領事自殺にみる外交の脆弱性

【参考書籍】
わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡
新潮社 [著] 塩野 七生
ASIN:4106465078 /単行本/501頁
発売日:2001-10
ランキング&評価:---位 4.67
価格:¥ 2,205 [2006-06-16 Amache]
5 - 合理的思考
4 - 史料に対する「あたりまえ」の視点からの想像力
5 - 悪魔の書ではありません!
5 - マキアヴェッリに対する暖かい視点
4 - ルネサンス時代の苦労人

それでも「NO(ノー)」と言える日本―日米間の根本問題
光文社 [著] 石原 慎太郎, [著] 小川 和久, [著] 渡部 昇一, etc.
ASIN:433405174X /新書/227頁
発売日:1990-05
ランキング&評価:---位
価格:¥ --- [2006-06-16 Amache]
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