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2009年12月20日 (日)

9.11の煙幕・・・その後の癌患者の増加

 現在のイラク戦争は、2001年9月11日の同時多発テロに端を発して開戦に至ったが、このテロには、様々な疑惑があるようだ。

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2006年07月17日 (月)

国益を蔑ろにし、敵対国家朝鮮の意向を垂れ流すマスコミ

 前回の記事の冒頭で、「日朝平壌宣言に違反する北朝鮮のミサイル発射によって、日本は、危機に直面した。危機に直面すると、平時には見えない我が国の問題点が浮き出てくるので、その点を再度確認したい。」と言いいつつ、そこまで、辿りつかなかったので、今回こそお伝えしたい。
 森首相だった頃に、神の国発言に対して、朝日新聞などが、正義面して激しくバッシングし、退陣に追いやったことを皆さんもまだ記憶されていると思う。

神の国発言
 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
神の国発言(かみのくにはつげん)とは、2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会において森喜朗首相(当時)が行った挨拶の中に含まれていた、「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知していただく、そのために我々(=神政連関係議員)が頑張って来た」という発言。

これに対し、野党や朝日新聞・毎日新聞などのマスコミからは「国民主権や政教分離に反するものではないか」との批判がなされ、世間の注目するところとなった。これに対し、産経新聞などは「批判は挨拶文の一部だけを意図的に抜き出して曲解した不当なものだ」として首相を擁護した。なお、読売新聞のように発言自体は非難しない立場からも、誤解を招く失言であるとする批判があった。

この発言騒動によって支持率が急落した。

 では、その朝日新聞が、ミサイルが飛んできた場合に、「一発だけなら、誤射かもしれない」と考えていることをご存知であろうか?

1発だけなら誤射かもしれない!?
朝日新聞4/20東京版朝刊第2面

 このことを踏まえて、今回の一連のマスコミが垂れ流す報道内容を観察すると、何を誤魔化したいのか分からないが、何やら必死さがヒシヒシと伝わってくる。
 先制攻撃論について、毎日新聞は、「ペリー元米国防長官、先制攻撃論を提唱」という見出しで、事実を伝えながら、記事中でチェイニー米副大統領の否定的な意見も紹介するスタイルである。

北朝鮮:テポドン2号 ペリー元米国防長官、先制攻撃論を提唱
毎日新聞 2006年6月24日 東京朝刊
 【ワシントン及川正也】ペリー元米国防長官は22日付の米紙ワシントン・ポストへの寄稿で北朝鮮が長距離弾道ミサイル「テポドン2号」の発射準備をしている問題について、米国が発射前にミサイルを攻撃する「先制攻撃論」を提唱した。これに対してチェイニー米副大統領は同日の米CNNテレビで否定的な考えを示した

 元長官は寄稿の中で「北朝鮮が発射準備を続けるなら、米国は発射前にミサイルを攻撃し、破壊するという意思を明確にすべきだ」と提唱。これに対して副大統領は、外交圧力を通じて対処する方針を強調した。

 また副大統領は同テレビでテポドン2号について弾頭部分に推進力がある「3段式」とみられることを明らかにした。

 これが、「一発だけなら、誤射かもしれない」と考えている朝日新聞の手にかかると先制攻撃を推奨する声がなかったかのようになる。

米副大統領ら、北朝鮮への先制攻撃に否定的
 朝日新聞 2006年06月23日10時18分
 米国のペリー元国防長官らが北朝鮮の弾道ミサイル「テポドン2」に対する先制攻撃を提言したことについて、チェイニー副大統領は22日、CNNテレビの番組で「現時点では問題に正しく対処している」と述べ、提案に否定的な考えを示した。ハドリー大統領補佐官(国家安全保障担当)も「外交が正しい答えだ」と述べるなど、外交的解決を目指す姿勢を強調する声が相次いだ。

 副大統領は「ほかの国を攻撃する場合は、一発だけではすまないと心すべきだ」として、攻撃をきっかけに戦闘が拡大する可能性を指摘。訪問先のブダペストで会見したハドリー氏は「解決には、北朝鮮がミサイル実験の凍結を守って(核問題に関する)6者協議に復帰することだ」として、改めて北朝鮮に対応を求めた。

 ロドマン国防次官補も同日の下院軍事委員会の公聴会で、先制攻撃に踏み切れば「劇的な事態となる」と指摘。「提案には驚いた」として「現時点での我々の政策はより穏健な方法を追求することだ」と述べた。また、北朝鮮が発射に踏み切った場合には「何らかの対価を支払わせる」とも語り、北朝鮮を牽制(けんせい)した。

 これでは、北の将軍様の意見を額面通りに垂れ流す韓国の新聞と違いがない。

【社説】国家としての良心を失った日本の先制攻撃論  朝鮮日報

 結論としては、マスコミの意見が相変わらず信用できない。だが、マスコミの意見も逆に解釈すれば役に立つ。
 この法則は、軍事面に限らずホリエモンなどのIT企業ヨイショ、小さな政府(緊縮財政)、規制緩和、公務員削減の推奨、赤字国債の多さの誇張と公共事業の無駄の誇張などの話にも適合する。根拠は、追々述べさせて頂くが、例えば、小さな政府について言えば、米国の鉄道、テレビ、半導体などの各種産業の発展と衰退の過程において、米国政府がどの局面で小さな政府を採用し、そしてどうなったかを調べれば結論が見えてくるのではなかろうか。このような話は、マスコミからは何故かあまり聞かない。

 ところで、朝鮮人の名前と同じようにここころ変わるミサイル着弾箇所とミサイル発射数(7発説、10発説)は、いったい何が真実なのだろうか?そして、3番目の赤い空の写真は、爆発したミサイルの影響か・・・?

北朝鮮ミサイル問題における報道の変化
 桜の舞う季節は君を想う




 朝鮮人も中国人と同様に、根本的に我々と思考回路が異なるから、最悪の事態を事前に考えておいた方がよいだろう。

すごいところを見つけた(覚書)
 のりあさ
ここ!
http://resistance333.web.fc2.com/patriotism/patriotism_top.htm
「反日勢力撃退用・PDF資料館」

きっちりまとめられていて、PDFなので印刷すると読みやすい。
ベージとページに記事が変なかっこうでまたがるってこともないし。

さらにすごいのが、ゆくゆくは英語、朝鮮語、中国語も用意する予定だということ。
大変な仕事ですよ。
ほんとうなら、国が金だしてやるべきこと。
このファイルを読んでいて、ここに驚いた。

★ ★

「大阪の一隅に生きて七十年―私の総括―」上田等(創生社 2002年11月)73頁

吹田操車場へ乱入デモをし、岸部から国道を吹田に向かっていたとき、デモ隊の後方からウィポン車に乗った茨木警察の一隊がデモ隊を追い越して先頭に出ようとした。
これに対して火炎びんで攻撃を加えた。
警官は車から転げ落ち、田植えをしたばかりの田圃に逃げ込んだ。
火傷した警官が逃げられずに路上に転がっている。
デモ隊はそれを竹槍で突こうとした。隊長だった私はそれを止めた。

日本人は止めた。
朝鮮人は何を言うか、やってしまえと、ピストルも全部奪ってしまった。

日本人は巡査をやっつけろと火炎びんを投げたけど、殺す気はなかったから、無抵抗になった奴を竹槍で突くことはできなかった。
朝鮮人は突いた。

止めたら日本人は言うことを聞いたが、朝鮮人は怒った。

その差がいまだに分からない。民族が違うからか。
私の思想が中途半端なのか。
殺してしまってもよいという所までになっていないことは事実だ。
ビビった。

その差というのが、いまだに分からない。

朝鮮人教育闘争のときにも、南警察署だったか税務署だったかを襲撃した。
あのときも、日本人は勝ったらそれで終わったが、朝鮮人は頭を割るところまでいく。

そのときもビビった。

★ ★

こわい。やっぱり彼らが「日本がやった!!」と糾弾しているようなことは、そういうことをやるのに何の躊躇もない自分たちの精神の反映なのだろうか。

 このような加減をしらない朝鮮人が発射するミサイルに対して、一発だけなら誤射かもしれないと考えるマスコミの気が知れない。もう少し、日本国民の視点で物事を考え、報道して頂きたい。



【参考書籍】
アメリカの産業戦略
東洋経済新報社 [著] 吉川 元忠
ASIN:4492441239 /単行本/228頁
発売日:1990-09
ランキング&評価:---位
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2006年06月10日 (土)

マスコミで今も続くGHQの検閲の仕掛け

 前回の記事で、日本人が自らの手で国益を損なう行動を起こす反日日本人の情けない様を書いた。このような反日日本人が年々増加していく。これは、先人たちが残してきた日本の文化や伝統などを大切にする古き良き日本の魂が、抜けてきた現れであろう。

 この原因の一つが、祖国を誇りに思えないような自虐的な情報を流布してきたマスコミと言われている。このマスコミによって、反日日本人が増加する構造的な問題を次に記す。

・第7章 マスコミ・文化人の大罪
 日本をダメにした売国奴は誰だ!  前野 徹 (著)
市民団体という名の反日日本人
 戦後の偏向教育の過程で現れたのが反日日本人だった。反日は、敗戦直後は左翼勢力がになっていたが、そのうちに偏向マスコミ、偏向教育による反日史観の吹き込みによって次の世代へと広がった。
 それが目に見える形となって現れたのが、1960年代から1970年代にかけて燃え上がった学生運動だった。そのころから、もう30年以上たっている。反日日本人は、日本の社会の隅々まで拡大している。
 すでに一般社会のなかにも反日日本人は根付いている。彼らは、かつてのようにゲバ棒を持って破壊活動を行うという過激な行動には出ない。市民団体という衣を着て、社会正義や人権擁護をかかげて政治や世論に働きかけ、日本の国を卑(いや)しめ、つぶそうとする。看板だけはもっともらしい分、一昔前よりはるかに始末が悪い。
 (省略)


反日マスコミの意図的な誤報
 (省略)
 一見もっともらしい論理で、庶民の味方を気取っているが、空疎で何の定見もない、ただ大衆に聞こえの良い言葉で媚びる年収1億円を超える人気キャスターに、すぐばれるウソをでっち上げるテレビマン。
 「病、膏盲(こうこう)に入ったな」と私は感じた。病気にたとえれば、第一世代は保身のために、やむなく敗戦病を受け入れた。第二世代は自ら積極的に病気になり、病原菌をまいた。第三世代は重い敗戦病に侵されているにもかかわらず、自分は健康体だと思っている。
 全共闘世代に代表される第二世代は、病気にかかっていることがわかっていたので、まだ完治するチャンスはあったが、第三世代は病気になっていることさえも気づかない。
 一度も戦後の価値観に疑問を抱いたこともなく、自虐史観を当然のことと考えて垂れ流すマスコミ世代の出現に、私は恐怖を覚える。

 実際の病において、自己の体調が悪いことを認識する能力(病識)がない場合がある。この病識のない患者を病院につれていくのが、実はかなり厄介である。病院に連れて行こうとすれば「病人扱いするな!」と怒鳴られ、かといって放置すれば、病状が進行する。言葉を選んで説得しても、多くの場合は、もめる。このような経験はできれば二度としたくないものだ。だが、これと似たようなマスコミの被害を受けた病識のない患者が、あちらこちらにいるので、類例が起こり得る。そう考えると私も恐怖を覚える。

 では、マスコミが、自虐的な情報を流布するようになったのは、何故なのだろうか?それを知るには、少し歴史を紐解く必要がある。

・現在もなお検閲下にある日本 江藤
 断固「NO(ノー)」と言える日本 石原 慎太郎 (著), 江藤 淳 (著)
自主検閲をしくまれた日本
(前略)
 当時米占領軍の民間検閲支援隊(CCD)は、毎月千九百万通から二千万通の郵便を取り扱い、そのうち月平均四百万通の私信を開封して、日本の世論の動向を探っていたからです。

 石原さんと同じように、私も教科書に墨を塗られたりして、戦後の教育制度の激変に翻弄された世代ですが、今日から振り返ってみると、一番影響が今日に残っているのは、修身と地理歴史の教育禁止ではなかったろうかと思います。これは昭和20年(1945)12月31日、「修身、日本歴史及ビ地理ノ総テノ課程」がGHQ指令によって即時中止されたという出来事です。翌21年(1946)1月11日、文部次官はこれに関する「依命通諜」を各地方長官と学校長宛てに発しています。

 修身はこの指令によって廃止され、紆余曲折を経て今日の道徳として復活しているけれどもいまだに教科書がありません。だから普通受験校では受験の補修、そうでない学校では遊び時間になっている。歴史について言えば、歴史教育を禁じた代わりに、GHQは昭和20年12月8日、日米開戦の日を選んで朝日、毎日、読売等の各新聞社に、用紙の特配をして4ページの紙面を作らせ、見開き2ページに「太平洋戦争史」なるものを掲載させました。これは「連合軍司令部提供」で、以後今日までの日本の近現代史の歴史記述を拘束しています。地理はさきほど言ったように、国境の画定、つまり戦後世界の分節化-意味づけそのものにかかわる教科だから禁止されたのです。

 もう一つ影響が今日に及んでいるのは、言葉に対する占領権力の行使です。これは通常、「国語改革」といわれているもので、当用漢字新仮名の強制から始まりました。そこに検閲をするため、なるべく日本語を簡便にしたいというアメリカの意図が作用していたことは否定できないと思います。占領が終わって2年後の昭和29年(1954)から見直しに着手して、歴代の国語審議会がこの問題に取り組んできましたが、いまだに抜本的な改正はできていません。高校以上は原則的に自由だと言っても、義務教育段階で新仮名と制限漢字を強制されるから、事実上国民の国語能力がそれまでにコントロールされてしまいます。その結果、現在の若い人たちは旧漢字旧仮名で書かれた戦前の文献が読めなくなっている。岩波文庫にはいっている夏目漱石の作品さえ、原文を書き替えているというのが現状です。

 日本占領中にCCD(米軍民間検閲支援隊)が行った検閲は二段階に分かれます。終戦後間もない昭和20年10月8日から昭和23年7月25日まで、全国主要新聞は事前検閲に付されていました。新聞、通信社の記事は、一切校正刷のまま、日比谷公園の市政会館内にあったCCD新聞係に持っていって、検閲を受けたのです。そして、OKならパスのスタンプを押されるのですが、デリートという削除やサプレスという全面掲載禁止の処置を受けることもありました。しかもこれは、戦前・戦中に日本の内務省や情報局の行った検閲と違って、検閲の証拠が残らないように周到な注意を払っていた検閲でした。だから、当時の朝日新聞でも読売新聞でも、アメリカ兵が婦女暴行をしたという記事が掲載禁止になると、突然、アメリカでは最近新しい冷蔵庫ができて非常に便利だなどという記事に差し替えられるというわけです。CCD当局は、あらかじめリーダーズ・ダイジェストあるいはAP,UP,INSなどという通信社が提供した穴埋め原稿を用意して、差し替えさせるということをしていた。なぜ検閲の存在を秘匿したかというと、ポツダム宣言の第10項に「言論の自由を保障する」ということが謳(うた)われており、占領軍が起草した現行日本国憲法の第21条も、「検閲は、これをしてはならない」と規定しているからでしょう。つまり、建前として日本は、「言論の自由」を保障されていることになっていたので、検閲はどうしても隠蔽されなければならなかった。別の言葉でいえば、戦後たしかに日本政府の官憲による検閲はなくなったけれども、それと同時に占領軍CCDの覆面検閲が始まっていた。「言論の自由」は少しも保障されていなかったということになります。

 昭和20年から23年にかけて、大体東京裁判の決着がついた頃から事前検閲は事後検閲に移行しました。事後検閲とは何かというと、一応自由に書いてはいいのだが、刷り上ったものを占領軍CCDが見て、これはけしからん、となったときには回収断裁されたのです。裁断されれば事実上発行ができなくなるばかりでなく、版元も著者も莫大な損失を受けます。新聞に限らず書籍もそうでした。一番大変だったのは映画でしょう。投下資本が大きいから、一本撮り上げて、試写で事後検閲されて、「ダメ」と言われたら、何千万円、何億円という大金が全て無になってしまう。東宝もひどい目にあっていますが、日映などという左翼系の会社は、事実上検閲でつぶされたようなものです。

 問題は、事前検閲よりも、事後検閲がそのまま自己検閲になって、その後遺症がいまも続いていることだと思います。わかりやすい例でいうと、例えば『「NO」と言える日本』という本を10万部刷ったとする。それが刷り上った段階で占領軍CCDの事後検閲にかけられ、「ダメ」と言われたら版元は大損をします。本は、断裁され、一冊も売れなくなるからです。そうすれば版元は、二度と石原晋太郎という著者には頼まなくなる。これが自己検閲・自主検閲です。
(後略)

 このようにGHQの検閲のカラクリが、そのまま自己検閲となって、産経新聞を除く多くのマスコミの組織の中で今も続いている。マスコミにおける自己検閲のカラクリを構造改革することを望む。

 さて、検閲指針に関する史料を次に記す。先人に残して頂いた史料を広めずにはいられない思いである。

忘れさせられた事 (江藤淳氏追悼号)
 国際派日本人養成講座 平成11年7月31日
(前略)
■5.検閲の中の民主主義ごっこ■
 検閲の対象となったのは、軍国主義を鼓舞するような「民主主義に対する障礙」ばかりではなかった。民間検閲支局の検閲指針として、30項目の「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」が挙げられていた。その中で、占領軍行政、連合国に対する批判はすべて封じられた。連合国の戦前の政策を批判したり、占領軍兵士の婦女暴行や強盗犯罪などの報道も禁じられた。

 朝日新聞は、昭和20年9月前半までは米兵による婦女暴行の報道、原爆や病院船攻撃など連合国側の国際法違反に言及する記事を掲載していた。これが民間検閲支局の忌諱にふれて、48時間の発行停止処分を受ける。これを機に、朝日の報道は、180度転換して、占領軍の意向に沿ったものとなる。今日まで続く朝日の論調は、この時に始まったものである。
JOG(49) 終戦後の戦い

「満州における日本人取り扱い」への言及も禁じられたが、これは、ソ連による満州居留民の虐殺、日本軍将兵のシベリア抑留などのことであろう。またすでに始まっていたソ連との冷戦に関する情報も禁じられていた。「平和を愛する連合国」が残虐行為をしたり、仲違いを始めているというような事実は、都合が悪かったのである。

 さらに検閲指針では、「連合国司令部が憲法を起草したことに対する批判」も削除または掲載禁止の対象とされた。占領軍による憲法改変は、国際法であるハーグ陸戦規則第43条の「占領地の法律の尊重」の違反であり、またポツダム宣言12条の「日本国民の自由に表明せる意思に従い」という条件に背反する。

 占領軍が起草した日本国憲法の第21条第2項には、「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」とある。その蔭で、当の占領軍により、大規模な検閲が行われていたわけである。さらに上記「検閲指針」の違反者は米軍の軍事法廷で訴追され、江藤氏の調べた範囲での最高刑は、沖縄における強制重労働3年乃至5年であった。[3,p248]

 占領下の日本は、見えない検閲システムの中で「自由ごっこ」「民主主義ごっこ」をさせられていたのである。

(後略)

■ 参考 ■
1. 「閉ざされた言語空間」、江藤淳、文春文庫、H2.1
2. 「忘れたこと忘れさせられたこと」、江藤淳、文春文庫、H4.1
3. 「一九四九年憲法-その拘束」、江藤淳、文春文庫、H7.1

 ところで、事後検閲で、一番大変だったのは、映画だったとのこと。『花よりもなほ』(監督:是枝裕和)という映画が、次のように評判悪いのは、検閲のカラクリが原因だったのだろうか、それともマスコミや教育が原因だったのだろうか?

日本映画「花よりもなほ」に見る映画界の日本破壊工作
 ☆☆甦れ美しい日本☆☆
誰に言われるでもなく、久しぶりに日本映画を見るかとぶらっと昨日封切のこの映画を見た。岡田准一 、宮沢りえ 、古田新太 、浅野忠信 、香川照之などが出演する映画で監督脚本は是枝裕和という人物。この監督Wikipediaで調べてみると1962年、東京生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、現在に至る。95年に初監督した映画『幻の光』 が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。以降 『ワンダフルライフ』 『ディスタンス』 と作品を発表。03年夏には初プロデュースした2本の映画 『カクト』 (伊勢谷友介監督)『蛇イチゴ』(西川美和監督)が公開された。04年、カンヌ国際映画祭にて『誰も知らない』が映画祭史上最年少の最優秀男優賞を受賞し、話題を呼ぶ。05年、自身がオリジナルに脚本を手がけた『花よりもなほ』で"仇討ち"をテーマにした初の時代劇に挑戦する。

ということで国際的に活躍している40歳台の団塊の世代とは異なる世代に属するようだ。

映画の筋はというと、元禄時代の「悪ふざけ」仇討ちもの。父の仇を討つため信州松本から江戸に出てきた青木宗左衛門は、長屋で実家からの仕送りだけが頼みの貧乏生活で、憎き父の仇、金沢十兵衛を探していた。仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。この宗左、まったく駄目な侍で、剣の腕は道場の稽古の域をでない。女々しいこの侍、近所の子どもたちを集めて寺子屋を開いている。生活臭ぷんぷんのおんぼろ長屋衆とこの侍とのお笑い物語。そこに赤穂浪士の浪人などが登場して、仇討ちや憎しみなどくだらないと、侍がいまそこにある元禄版「生命至上主義」生活をエンジョイしようというもの。昨今のテレビなどの低俗番組並みの脚本で、ここまで日本映画も堕ちたのかと唖然とした次第だ。

冒頭この太平の世の中(時は元禄時代)農民や商人(あきんど)は必要だが侍など必要はないと言い切り、まさにそれは戦後60年の平和ボケとサヨクの洗脳を受けた、自衛隊など必要ないと言っているようなものでまず血圧がアップ。

挙句の果ては侍として親の敵を討つという倫理観、使命感も根底から否定し、憎しみだけではむなしいと偽善に満ちた憲法序文のような科白を宮沢りえの口から言わせ、仇の子供や親を見て仇を討つことをやめてしまう。それでいてちゃっかり褒美の金を取るために仇討ち芝居を行いお上から金をせしめる。その行為自体を監督も脚本も賛歌しているのだ。僕に言わすれば、侍という日本文化をここまで不純で不潔極まりない姿に矮小化する、冗談でも許されない行為である。それは金のために売春をして、何がわるいとの女子高校生と同じ腐りきった精神の堕落そのものである。

しかもあの赤穂浪士討ち入りという、日本人の歴史上の誇りであるともいえる美談について、主君の仇討ちも茶化しまくり、浅野も49士も馬鹿扱いで、討ち入りが吉良の寝入り時を狙った卑怯なものだと聞き捨てならないことを言わせる。そして49士のなかで、討ち入り後一人消えた足軽寺坂吉衛門を登場させこの茶化しに色を添えさせる。あきんどが使う大阪弁を浪士に意図的に使わせるなどここまで美談を貶める意図がありありと見える。

江戸の長屋連が、綱吉の生類憐れみの令に逆らって犬鍋を食べる場面なども、徹底的に国家権力を悪として意図的にたたく監督の意図が見える。良く聞け!そこの監督よ、日本人に犬を食べる習慣などないことを!覚えておけ!
この監督まさに日本をメルトダウンさせようとの邪悪な意図があるのか、これでもかこれでもかと日本文化を矮小化し茶化しまくる。まるでどこかの第三国の謀略に沿って日本文化を根底から破壊させる意図ではないかと僕は見た。このような自虐映画が無抵抗に観客に受け入れられ、日本人自身が自尊心を傷つけたとの自覚も無く観客はただ笑う姿を見て、戦後の自虐根性が真綿で首をしめるように、ここまで来たかという感がある。これはもうまさに日本人もアメリカや中国の隷属民として「パンとサーカス」の民に成り下がったものといえる。アメリカの第51州か中国の第二のチベットの道は、いまそこにあるように見える。

そういえばこの映画、肥え溜やら、糞やら、雲固やら排泄物の話がテーマとしてあり画面から悪臭が漂ってくるである。日本文化を茶化しまくり、挙句の果て日本人の清潔感をあざ笑うような糞尿の世界を下卑た言葉で話しているのだ。もうこうなったら美的世界から程遠い内容である。このような映画が日本代表としてカンヌやベニスなどで大手を振って歩いているとすれば、日本文化が捻じ曲がった形で誤解されること間違いない。そしてくだらない戯言が精神的にも武装解除された抑止力ゼロの国として世界に恥をさらすことになること請け合いである。それこそこの映画の狙いではないだろうか。

反日という日本にとっての「最大の敵」は実は日本の内部に存在するという、この現実を痛感した次第である。

奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社 
平河総合戦略研究所代表理事

 「仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。」といった内容は武士道の精神が踏みにじられた気がしたので、再度、武士道について触れてみたい。武士道は、しばしば、次のような意味として使われている。

戦争と平和を考える
日本には武士道というものがかつてあり、子供の教育にも、それが活かされていました。よく誤解されるのですが、「武士道」とは戦うことだと理解されているようですが、「武」は「矛を止める」意味であり、「士」は「そのことを理解している人」の意味で、「道」は「人の生きる道」と言う意味です。

 この武士道には、「名誉」や「忠義」といったような徳目がいくつかある。「名誉」と「忠義」の徳目の意味は、次の通り。
 
「武士道」Bushido The Soul of Japan
第八章 「名誉」-苦痛と試練に耐えるため

(名誉:すぐれているという評判を得ること)

不名誉はその人を大きく育てる

人を人たらしめている部分、そしてそれを差し引くと残るのは獣性しかない。

高潔さに対するいかなる侵害も恥とされた。そして羞恥心という感性を大切にすることは、幼少の教育においても、まずはじめに行われた。羞恥心は人類の道徳意識の出発点である。

武士道はなぜ忍耐強さの極致に達したのか

名誉の繊細な掟がおちいりがちな、病的な行き過ぎは寛容と忍耐で相殺される。ならぬ堪忍、するが堪忍、取るに足らない侮辱に腹をたてるならば、すぐれた人物にふさわしくないが、大儀のための義憤は正当な怒りである。

名誉はこの世で「最高の善」である

名誉は「境遇から生じるものではなく」て、それぞれが自己の役割をまっとうに努めることにある。恥となることを避け、名をかちとるためにサムライの息子はいかなる貧苦をも甘受し、肉体的、あるいは精神的苦痛のもっとも厳しい試練に耐えたのであった。もし名誉や名声が得られるならば、生命自体はやすいものだとさえ思われた。したがって生命より大切とする根拠が示されれば、生命はいつでも心静かに、かつその場で棄てられたのである。

第九章 「忠義」-人は何のために死ねるのか

(忠義:国や主人にまごころをつくして仕え、命さえ捨てること)

日本人の忠義とはいったい何か

主君に対する臣従の礼と忠義の義務は封建道徳を顕著に特色づけている。忠義心がもっとも重みを帯びるのは、武士道の名誉の規範においてのみである。

命令に対する絶対的な従順が存在した

義務の命ずるところに対する従順、そしてより高い世界から発せられる命令に対する絶対的な従順が存在した。

武士道では個人よりも国を重んじる

武士道においては、一族の利害とその個々の成員の利害は一体不可分であるとする。武士道はこの利害を愛情、すなわち自然で、本能にもとづくもので、かつ他の者がとってかわることができないもので結びつけた。

サムライの真の「忠義」はここにある

己の良心を主君のきまぐれや酔狂、思いつきなどの犠牲(イケニエ)にする者に対しては武士道の評価はきわめて厳しかった。そのような者は「佞臣(糟イシン)」すなわち無節操なへつらいをもって主君の機嫌を取る者、あるいは「寵臣(チョウシン)」すなわち奴隷のごとき追従の手段を弄(ロウ)して主君の意を迎えようとする者として軽蔑された。主君と意見が分かれるとき、家臣のとるべき忠節の道は、あくまで主君のいうところが非であることを説くことであった。もしそのことが容れられないときは、サムライは自己の血をもって自分の言説の誠であることを示し、その主君の叡智と良心に対して最後の訴えをすることはごく普通のことであった。

 このように武士にとって、名誉や公が、個人の命よりも重んじられてきた。それゆえに、金銭のような経済的事項の価値観が優先されることが少なかった。

「国家の品格」と「武士道」
 スジャータの「善・禅」日記
●武士の金銭に対する価値観
(武士道の教育に数学がなかった理由は)武士道が損得勘定を考えず、むしろ貧困を誇るからである。(p.107)
武士は金銭そのものを忌み嫌う。金儲けや蓄財を賤しむ。武士にとってそれは真に汚れた利益だったからだ。(中略)したがって武士の子は、経済のこととはまったく無縁に育てられた。経済のことを口にすることは下品とされ、金銭の価値を知らないことはむしろ育ちのよい証拠だった。(p.108)
武士道が倹約の徳を説いたのは事実である。(中略)贅沢は人間を堕落させる最大の敵と見なされ、生活を簡素化することこそ武士の慣わしであった。(p.108)
このように金銭や貪欲さを嫌ったことで、武士道を信奉するサムライたちは金銭から生じる無数の悪徳から免れたのである。わが国の役人が長い間、腐敗から遠ざかっていたのは、ひとえにこのお陰である。だが、悲しいかな、現代においては、なんと急速に金権腐敗政治がはびこってきたことか!(p.109)

 従って、是枝裕和監督が描写する「仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。」といった内容は、武士を侮辱した捏造と言える。また、「江戸の長屋連が、綱吉の生類憐れみの令に逆らって犬鍋を食べる場面」なども酷い。渡来人と称する大陸(中国、朝鮮)からの難民が日本に移り住んだ際に、騙された一部の日本人が犬食を試みたかもしれないが、文化としては定着していない。そのため、江戸時代における犬食などあるわけがない。

 どこかの国の捏造武士と意図的に同一視されるのは、大迷惑だ。
 
写真で見る哀れなコリア
 大日本焼肉文化研究所


朝鮮の侍、MUSA=武士


dog.jpg
朝鮮人のごちそう。
死を悟った犬は、朝鮮人のように泣き叫ばない。
この犬には武士道を感じる。

注)日本においても江戸時代に薬肉等としての犬食があったとの文献がある模様(追記6/13)
在日の犬肉事件も併記しておく


 マスコミや映画の悪影響によって、無意識ながら反日日本人だった人が目覚める数よりも、新たに生み出される反日日本人の数のほうが圧倒的に多い。この構造のままでは、確実に国が衰退していく。そのことを、まず政治家や官僚の方々に気付いて頂きたい。
 そして、できるところから早速改善して頂きたい。例えば、マスコミが国籍を隠して報道することは、すぐに改善できると思う。

★<*`∀´> 犬の頭を大量に水路に捨ててくれてやったニダ!マンセー!
 ★厳選!韓国情報★ 2005年12月17日
■事件の概要

【朝日】水路に犬の頭部29個 食肉業者「処分困り、捨てた」[12/16]

 16日午後1時50分ごろ、東京都葛飾区小菅1丁目の東京拘置所近くを流れる水路に、犬とみられる動物の頭部が大量に捨てられているのを通行人が見つけ、近くの交番に届けた。警視庁亀有署が調べていたところ、現場近くの食肉業者の男性(82)が名乗り出て、「処分に困り、コイのえさになると思って捨てた」と認めたため、同署は廃棄物処理法違反とみて容疑が固まり次第、書類送検する。

 調べでは、この業者は10月20日午後9時ごろ、仕入れたものの売れ残った食用犬の頭部を2回にわたって水路に投棄したという。見つかったのは29個の成犬の首で、一部は白骨化していた。

 業者は8年ほど前に中国から食用犬肉を輸入しはじめ、中国料理店などに卸していたという。これまでは売れ残ったものは有料ゴミとして出していたが、苦情が出るようになり、処分に困って水路に捨ててしまったらしい。

■テレ朝 報道ステーションより
inu_tobu_haiki.jpg



【関連記事】
・(H17.8.24)売国マスコミの報道内容は反対の意味として理解すべし
・(H18.2.19)儒教の教えが中華思想となる中国、武士道となる日本


追伸
 ここ半年程度で、読んだ書籍の量は、古本を含め、積み重ねると恐らく1メートルを超えると思います。先の記事「Blogを執筆し、早1年。得たことは・・・。」にて述べた多読の勧めは、この経験を踏まえてのことです。まだ読書量が足りないと思いますが、中には知らないほうが良かったと思えるほどの日本にとって厳しい内容のものも数冊見受けられました(気が重くてまだご紹介しておりませんが)。
 この悶々(もんもん)とした気持ちを背負って一人BLOGを続けるのが気が重いので、是非みなさまにも実情を知っていただきたいと思い、以下のようなアマゾンさんのアソシエイトを時間があるときにでも追加していこうと考えております。興味のある分野からでよいので、是非、ご購読願います。
 経済的な理由でアソシエイトを始めたと誤解されてもかまいません。それよりも、日本が立たされている状況をみなさんと共有しあえる方が大事であると考える次第です。

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【参考書籍】
日本をダメにした売国奴は誰だ!
講談社 [著] 前野 徹
ASIN:406256999X /文庫/269頁
発売日:2006-02-21
ランキング&評価:---位 5
価格:¥ 720 [2006-06-15 Amache]

断固「NO(ノー)」と言える日本―戦後日米関係の総括
光文社 [著] 石原 慎太郎, [著] 江藤 淳
ASIN:4334051847 /新書/199頁
発売日:1991-05
ランキング&評価:---位 4
価格:¥ --- [2006-06-15 Amache]

武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える   知的生きかた文庫
三笠書房 [著] 新渡戸 稲造
ASIN:4837905633 /文庫/244頁
発売日:1993-01
ランキング&評価:---位 4.38
価格:¥ 520 [2006-06-15 Amache]
4 - 武士道ってかっこいい!!
4 - さようなら、旧五千円札の武士よ
4 - 読みやすい武士道
3 - 確かに分かりやすいです、が・・・
5 - 今こそ取り戻すべき精神文化

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2005年10月17日 (月)

首相の靖国参拝支持の李前総統より中韓の主張を垂れ流すマスコミ

 10月16日の夜、たまたま下記記事のタイトルを目にした。台湾の李前総統は、「小泉首相の靖国参拝は当然」と中国を批判しているようであった。

小泉首相の靖国参拝は当然 李前総統、中国を批判
 共同通信 2005年10月16日 (日) 15:13

 その翌日(10月17日)に、TBSの「みのもんたの朝ズバッ!」にて、みのもんた氏は、「アジアの中国や韓国、そして台湾が、首相の靖国参拝を反対しているのに、何故参拝するのか?」等のような発言をし、靖国参拝反対の立場の発言をし続けていた。
 みのもんた氏が、中国や韓国と同じ主張をする理由を伺いたい。

首相の靖国参拝、中国・韓国が反発強める
 asahi.com 2005年10月17日13時07分

 また、台湾も靖国参拝反対との発言をされたのに、何故、中国や韓国のような異常なデモ映像の台湾版を放送しないのか伺いたい。
 台湾を放送しないのは、言うほど反対している訳ではないからだろう。

台湾政党幹部が靖国参拝 分れる島内世論
 JANJAN 2005/04/11

 台湾の与党連立の一角をなす独立派政党・台湾団結聯盟の蘇進強主席らが4日、靖国神社を参拝した。台湾の政党トップが靖国神社を参拝したのは初めて。

 李登輝前総統を後ろ盾とする台湾団結聯盟(台聯)は2001年に発足し、「台湾優先」「台湾精神」などを党の基本要綱に掲げている。

 靖国神社には旧日本軍兵士、軍属として死亡した約2万8000人の台湾人が合祀されており、中には李登輝前総統の兄も含まれている。今回の参拝について、台聯は「(台湾出身者を含め)戦争で亡くなられた英霊に敬意を表すためにきた」「(靖国参拝に対する中国政府の批判は)台湾の立場を代表していない。いつまでも恨みを持ち続けることは納得できない」などと説明している(共同通信・4月4日)。

 中国や韓国などから靖国神社参拝に強い批判を受けている小泉首相にとって、台湾政党幹部の参拝は“援護射撃”となりそうだった。

 が、台聯の靖国参拝が台湾内で大きな議論を巻き起こしている。「親日的な存在」と見なされる台湾では、靖国問題をめぐって、台日関係にある曖昧な部分が浮かび上がっている。

 野党から非難

 中国と韓国は日本が国際安全における役割を強化する動きに警戒を示しているのに対し、台湾は日本が「正常国家」になることを支持する姿勢を示している。小泉首相の靖国神社参拝に対しても、民進党政権が「未来志向で対応する」とアピールし、中韓とは異なる対応をとってきた。

 しかし、今回の台湾政党幹部の靖国参拝に対し、台湾島内の反発が強かった。

 日本統治時代に抗日蜂起事件を起こした過去をもつ原住民や、日本政府を相手に訴訟を起こしている台湾籍元慰安婦らは、台聯の行為を「裏切り」とし、抗議活動を展開している。参拝した台聯一行が5日、台湾に戻ったところ空港で抗議者らに生卵を投げつけられる一幕もあった。

 最大野党である国民党側は5日、「靖国神社は日本軍国主義と象徴であり、政党の代表が参拝すべき場所ではない」と非難した。同党出身の馬英九・台北市長は、台聯側に謝罪を求めた。

 第2野党・親民党の宋楚瑜主席も同日、「台湾人兵士は戦争に参加することを自ら志願したものではない。植民統治時代の日本のために戦っただけで、台湾のために戦ったのではない。(台聯の参拝は)台湾人民の尊厳を踏みにじった」と批判した。
 
 与党・民進党は批判勢力と与党連合への配慮の板挟みになっている。民進党の頼清徳幹事長は5日、「蘇進強氏は政党のリーダーであり、特に日本と台湾の特殊な関係を考慮して言動は慎むべきだ」と述べるにとどまった。

 各紙の論調に差が

 台湾の主要3紙『中国時報』・『聯合報』・『自由時報』は、いずれも社説・評論で台聯の靖国参拝を取り上げたが、論調に差がある。

 『聯合報』(4月7日付)は「“反中”から“媚日”へ 見失われる台湾の主体性」という見出しで、「“反中”を大義で、日本支配時代を正当化するのは、論理の破綻である。台湾の尊厳を犠牲にして日本に台湾防衛への協力を交換しては、台湾の主体性を見失うことになる」と論じた。

 『中国時報』(4月7日付)は「台聯の靖国参拝に対して、台湾島内の批判は中国大陸の反応よりも厳しいものだ」と指摘し、台湾出身者の合祀取り下げを求める声を伝えた。

 独立志向の強い「自由時報」は、「北京政府と同じ目線で靖国問題を見るべきでない。合祀されているのは同胞であり、台湾人に参拝の自由がある」「現在、台湾の最大の脅威の軍覇主義は中国の方だ」などと台聯に声援を送った(『自由時報』4月7日付:「旧軍国主義と新軍覇主義」)。

 一方、『中国時報』の世論調査(10日現在)では、台聯の靖国参拝が適切かという質問に対し、「適切でない」は89.9%、「適切」は7.5%、「どちらでもいい」は2.4%となっている。
http://poll.chinatimes.com/chinatimes/main.htm

 多様な日本観

 今回の論争では、直接日本にむける反日感情ではなく、台湾内部で歴史認識を整理しようとする動きに見える。台湾輔仁大学日本語学部主任・何思慎教授の署名記事「仇日、親日……日本研究が欠席」の分析によれば、台湾における日本観が一枚岩ではなく、変化と多様性に富んでいる。
http://udn.com/NEWS/OPINION/X1/2605524.shtml

 戦後の歴史の流れの中で、台湾には2種の日本観が存在しており、お互いに対立している。すなわち、『侵略された者の日本観(日的)』と「殖民地化・同化された者の日本観(親日的)」である。国民党政権時代は、戦争の傷跡から、「侵略された者」の角度で日本を見るという姿勢が強く、世論と文化などでは反日意識があった。また、米国中心の外交政策をとっており、日本との関係が曖昧のままだった。

 国民党の独裁政権が崩れ、李登輝氏が政権をとってから、李氏個人と日本の繋がりから、台湾政府と日本の距離が急速に縮まった。また、1990年代後半以降に流入した日本大衆文化の影響で、「哈日族(ハーリーズ)」と呼ばれる若者を中心に、日本に対する親近感が高まってきた。しかしながら、台湾学界において長い間、日本研究が欠けており、日本について系統的な思考・研究が整理できたわけではない。

 何思慎教授は、「親日も仇日も正常な日本観ではない。今回の靖国参拝が呼んだ論争では、台湾というコミュニティが多様で複雑な日本観を持っていることが表に浮かび上がってきた」と指摘し、「台日関係を分析する日本総合研究が急務だ」と呼びかけた。

(曾理)

 台湾における靖国問題は、以前あった成りすまし問題のように変化球があるので難しい。
 
高金素梅ら一行を台湾の先住民と誤魔化すマスコミ

 この台湾問題がややこしい歴史的な背景として、以下の記事を引用させて頂く。台湾には、日本統治時代を経験した人と、日本敗戦後に中国大陸から上陸した人の水と油が混ざっているから問題が複雑になるようだ。
 上記事件以降、「台湾人は、概ね親日で、反日の行動をとったら成りすまし」と疑うようになってしまったが、今のところ支障が無いようだ。

台湾史に見る近代化の条件
 国際派日本人養成講座 平成10年11月14日
■1.植民地というのはトクな面がある■

 植民地というのはトクな面がある。その本国のいちばんいい所が植民地で展開されるからだ。[1,p192]

 台湾の李登輝総統の言葉である。この総統の言葉に呼応するように、最近の台湾では歴史の見直しが行われ、「台湾人」としてのアイデンティティをより明確に打ち出した中学用歴史教科書「認識台湾」が今秋から使われ始めたた。

 台湾人のアイデンティティの一つに日本統治時代を経験した事がある。「認識台湾」においては、差別を受けながらも、日本時代に普及した教育、医療衛生、法治、技術などが、台湾近代化に役だったと認めている。本号では、特に法治主義の導入について見てみよう。そこに大陸中国との大きな違いが見られるだろう。

■2.「祖国軍」の上陸■

 1945年10月17日、降伏した日本軍に代わって、台湾を接収するために、中華民国軍約1万2千人と官吏2百余人が米軍の艦船から上陸した。

 台湾の民衆は爆竹を鳴らし、晴天白日満地紅の小旗をちぎれんばかりに振り、歓呼の声で日本軍を打ち破ったはずの「祖国」の軍隊を迎えた。しかし、しだいに民衆の歓声は消え、爆竹は鳴りやんだ。

 兵士達は銃のかわりに鍋釜をさげ、薄汚れた綿入れを着込み、ほとんどが草履履きで素足のものもいる。カラ傘を背負った者もいれば、鶏の籠を天秤棒でかついだ者もいる。しかも隊列はだらしなく曲がり、話しながらだらだら歩いている。

 台湾人にとっての軍隊とは、威風堂々と行進する日本軍の雄姿だった。台湾人の期待はまったくはずれたのである。そればかりではなかった。「祖国軍」の上陸とともに、婦女暴行や強盗事件が頻発した。商店からは横暴な支配者然として代金を払わず品物を持ち去る。[1,p147]

■3.犬が去り、豚が来た■

 「祖国軍」の無法ぶりへの民衆の怒りは、47年2月27日に爆発した。ヤミタバコ摘発隊の6人が、逃げ遅れた老婆を捕まえ、殴打するとともにタバコと売り上げ代金を没収した。それを見とがめた民衆が抗議すると、隊員は逃げながら発砲し、市民の一人が即死した。

 翌28日、抗議の群衆が長官公署(旧総督府)前広場に集まり、行政の改善を要求した。そこへ憲兵隊が機銃掃射を浴びせ、数十人の死傷者を出した。ここにいたって台湾人の怒りは頂点に達し、官庁、警察、憲兵隊を襲い、放送局を占拠して、全島に異常事態を知らせた。

 陳儀長官は汚職の一掃と、基本的人権の保障などをほのめかせて時間稼ぎをしつつ、本土の蒋介石に援軍を依頼した。3月8日、9日に2個師団が到着し、占領軍のように台湾人に襲いかかった。随所で暴行、略奪、殺戮が繰り広げられた。さらに全島で大学教授、弁護士、医師、教師などの知識人が次々と連行され、そのまま消息を絶った。

 資産家がわけもなく連行され、警察や官吏から釈放の代償として法外な「贖罪金」と称する賄賂を要求される例も随所にあった。李登輝総統の時代になってからの調査によれば、この2・28事件の犠牲者は1万9千人とも2万8千人とも言われているが、暗黒裁判の被害者などは調べようがなく、真相は不明である。[1,p153]

 その後、台湾には40年近くもの間、戒厳令が敷かれ、その間にでっちあげられた政治的事件2万9千余件、逮捕・投獄された者14万人と推定されている。蒋介石政府の無法ぶり、官吏汚職に台湾人は「犬(日本人)去って、豚(中国人)来る」(犬は吠える代わりに守ってもくれるが、豚は食い荒らすだけ)とか、「アメリカは日本に原爆を投下しただけだが、台湾には蒋介石を落とした」と嘆くようになった。[2,p47]

■4.法治は国家統治の基礎■

 中国人の「豚」に対して、「犬」と称される日本人の統治はどうであったか。

 日清戦争の結果、台湾が日本に割譲された1895年当時、そこは化外(中華文明の及ばない)の地とされ、213年間の清朝統治時代に154回もの住民の反乱が記録されている。住民達は、3年交代で送り込まれてくる清朝の兵士や官吏に収穫の半分を収奪されていたからである。

 日本統治の最初の数年間も反乱とゲリラの抵抗が続いた。台湾経営が軌道に乗ったのは、98年に着任した第4代総督児玉源太郎と民生長官後藤新平のコンビによってである。後藤は全島に800人の調査員を派遣して、土地の測量と権利者の登記を行った。

 台湾大学の歴史家呉密察教授によれば、中国人社会において、「民衆の財産所有権を政府が初めて法令によって保証し、台湾を資本主義社会の道に踏み込ませた」と評価している。後藤はさらに交通や流通のシステムを整備し、度量衡、通貨の統一を図った。[3,p303]

 法治は国家統治の基礎だという見地から、総督府は細かく法を定めて厳格に執行する日本方式を持ち込んだ。たとえば、官吏と民衆がともに守るべき娯楽規則などが逐一詳細かつ明確に作られた。

■5.強烈な順法精神■

 法治を徹底するためには、行政当局自らも法規を守らねばならない。花蓮のある日本人警察官は、妻が農民から紅露酒2本15銭相当を贈られたために免職になり、当時大きな話題となった。警察の月給が60円だったころである。

 台湾大学医学院長をつとめた魏火曜によれば、地位利用を意味する「揩油(カイヨウ、うまい汁を吸う)」などという言葉は、日本統治時代には耳にしなかったという。

 総督府の強烈な順法精神に加え、街の要所要所には警察局や派出所が作られ、そこから毎日警官がパトロールした。日本の警察は、台湾人の習慣を強制的に変え始め、左側通行の規則を作り、痰を吐いたり、手ばなをかむことを禁止した。当時を知る台湾人は「俺のためにこそ泥を捕まえてくれるが、俺が何かやらかせば遠慮会釈しなかった」などと語っている。[3,p308]

 しかし厳しい警官だけではなかった。台南州で勤務していた森川清十郎巡査は、村民の税金軽減のために当局と争い、抗議の自決をした。村民は巡査を徳として「義愛公」と呼び富安宮に祀った。今でも「日本人の神様」としてお参りする人が絶えないという。[4,p146]

 このような厳しい法治のもとで、台湾は武闘の頻発する無法地域から、治安良好な法治社会への変わっていった。夜眠る時や外出のさいも、家に鍵をかけなくとも泥棒を心配する必要はなかった、と現在でもよく言われる。[3,p306]

■6.「公」と「私」■

 司馬遼太郎は言う。

 身もふたもなくいえば、歴朝の中国皇帝は私で、公であったことがない。その股肱(てあし)の官僚もまた私で、たとえば地方官の場合、ふんだんに賄賂をとることは自然な私の営みだった。このため近代が起こりにくかった。

 台湾にやってきた蒋介石の権力も、当然私であった。一方、勝者になった毛沢東の権力も、多分に私だった。毛沢東の権力が私でなければ、プロレタリア文化大革命などという私的ヒステリーを展開できるわけはないのである。・・・

 歴朝の私が人民にとって餓えた虎であり続けた以上、ひとびとはしたたかに私として自衛せざるをえなかったのである。[5,p43]

 李登輝総統の願いは「夜、安心して眠れる国にしたい」ということであった。その願いの背後には、「夜にろくろく寝たことがなかった」という蒋介石時代と、「夜寝るときも鍵をかける必要がなかった」という日本統治時代の二つの体験が潜んでいる。[5,p376]

 民衆が夜安心して眠れるよう、「公」のためにつくす政治家や官僚、警官、軍人がいて、初めて近代国家は成り立つのである。

■7.日本精神■

 総統は、産経新聞のインタビューで、「日本精神」という言葉を使った。この言葉は今も台湾で使われており、「約束を守り、礼節を重んじ、ウソをつかず、カネで動かない、というような心がけなのだ」と記者に説いた。[6]

 この精神は、明治期の日本だけではなく、勃興期のイギリスにもジェントルマンシップとしてみなぎっていたものである。おそらく西洋と日本のみが経験した封建社会に発達した騎士道、武士道の精神的遺産である。

 こうした精神的土台の上に法治制度が築かれ、さらにその上で近代経済が機能する。台湾、香港、シンガポールの経済発展は、イギリスや日本が改良した精神的・法的土壌の上に、中国人がもともと豊かに持っている事業の才能が花開いたものであろう。

 いまだに法治主義も「公」の精神も経験したことのない大陸中国においては、この点が近代化の大きな障害となっている。

[参考]
1. 「台湾の歴史」、喜安幸夫、原書房、H9.6
2. 「中国人の偽善、台湾人の怨念」、黄文雄、光文社、H8.6
3. 「台湾の歴史」、殷弁●(くさかんむりに凡)編、藤原書店、H8.12
4. 「台湾と日本・交流秘話」、許國雄監修、展転社、H8.4
5. 「台湾紀行」、司馬遼太郎、朝日文芸文庫、H9.6
6. 「国際標準採用めぐる論議」、産経新聞、H10.01.28、東京夕刊 3頁、総合3面


とりあえず、TBSの買収騒動が、良い刺激となって、TBSが今よりまともになって頂くことを期待する。

既存メディア特権消えて記者クラブどうなるのかねえ。
 さるさる日記 - 勝谷誠彦の××な日々。 2005/10/14 (金)
(前略)
力が作り上げたメディアというものは一瞬は支配をすることができるかもしれない。しかし長い歴史の上では必ず良識が勝ちメディアを支配しようとした者は汚辱の名前を残すことになる。昔の東側の国々を思い出せ。支那の中央宣伝部も自民党のコミュニケーション戦略チームも後世ではどう評価されるかを私は楽しみにしている。堀江某は人々が抱く漠然としたそういう危惧を説明するだけの知識も能力も持たなかった。三木谷某はそれができるのか。目の肥えた観客は固唾を呑んで見守っている。しかし既存メディア側の阿呆加減を糾すためには新たな刺激は必要なのかもしれない。昨日の素粒子。<上がらぬ遮断機に痺れを切らしたのだろうか。84年生きてきて、踏み切りで死を迎えるとは哀しい>。これを読んだ遺族はいったいどういう気持ちになるだろう。関越道にひき逃げされた人の部分遺体が散らばっていたと嬉しそうに報じるメディアも同様だ。ひとの痛みがわからぬ者は必ず自分が同じ目にあう。既に政治で私たちは味わっている。

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2005年09月06日 (火)

自浄作用が効かず逆切れするNHK…もはや解体か(その2)

 NHKの反日・偏向報道は、今に始まったことではない。その内容は、例えば、以下の記事のようにインターネットで簡単に見つけることができる。

中国の侵略盗掘報道せぬNHK
 國民新聞(平成16年9月25日号)中村粲氏指摘
 中村粲獨協大学教授の「NHKウオッチング」(「正論」誌)は、NHKの公共性を損なう反日・反国益報道を糾弾する連載物だが、同九月号では、

NHKは中国が尖閣諸島周辺での侵犯や東シナ海での海底資源採掘について全く報道していないと指摘している。

 中村教授は

 「NHKは我が国の貴重な海底資源に対する中国の略奪行為を、
何故ニュースや特番で報じて世論喚起に努めないのか」


 と怒る。

 NHKは、予てより中国べったりの報道を繰り返しているが、中国の国家機関で共産党支配下の国営中央テレビ(CCTV)と合弁会社を作っているのだから無理もないのか。中村教授ならずとも

 「こんな放送局に受信料など払いたくなくなるのは当然」だ。

ebijoniru.jpg 本日は、平成14年12月12日にNHK報道を考へる会が、NHK会長に対して、公開質問状を提出した内容及び、NHK公開質問状への回答と再反論の内容をご紹介させて頂く。
 なお、下記内容は、NHKとの質問のやり取りを私が、質問項目毎に整理したものである。

NHK会長に公開質問状、NHK公開質問状への回答と再反論
 NHK報道を考へる会
 朱記:NHKの回答、黒文字:NHK報道を考へる会の質問と再反論
(1)本年四月二十八日放送〈NHKスペシャル〉「奇跡の詩人~十一歳・脳障害児のメッセージ」に関して。

主人公の脳障害児・日木流奈君の発信するメッセージは、実は母親が発信するメッセージではないのかとの疑念が当初から視聴者の間に多く、インターネットに寄せられた「ヤラセ」「インチキ」との声は無慮数万件に達した由である。諸種の週刊誌、月刊誌もこの問題を取上げ、単行本まで出版された。中村も月刊誌『正論』連載「NHKウォッチング」で数回に亙つて(本年七、八、九、十月号)取上げ、批判と提言を行つた。

これにつき貴殿は現場に対して「今後も取材を続けるやうに」指示したさうであるが(『文藝春秋』本年八月号三四七頁)、

a.その後の「取材」の結果はどうであつたのか。

b.「障害児のメッセージ発信」に「ヤラセ」「インチキ」はなかつたのか。もしなかつたのであれば、視聴者の疑念と不信を払拭するために再度検証放送を行ふのがNHK放送への信頼を回復する途ではないのか。同時にそれは障害児流奈君とその家族の名誉と人権を守る結果にもなるのではないか。

c.「障害児のメッセージ発信」に「ヤラセ」や「インチキ」があつたのであれば、潔く過ちを認めてテレビで視聴者に対し謝罪すべきではないのか。
  平素、企業の不良製品販売を厳しく糾弾して已まないNHKであれば、尚更さうすべきではないか。

NHKの回答

 この番組は、脳に障害をもつ少年が心を打つ詩を書き、その詩を通して豊かなメッセージを伝える姿を、長期間の取材を経て、事実通りに描きました。現在も、少年の成長を見守りながら、取材を続けています。

NHK回答への反論


回答には「事実通りに描きました」とあるが、当方はその「事実」自体が疑惑の対象となつてゐることを前提に、再度「事実」検証の放送をすること、あるいは「事実」として報道したことにインチキがあつたのであれば潔く謝罪することを要求したのであるが、それには何の回答もしてゐない。

また「現在も・・・・・・取材を続けています」と書きながら、「取材の結果がどうであつたのか」の質問には全く言及してゐない。その後八ヶ月もの長期間取材してきたのならば、当然何らかの結果が出てゐる筈ではないか。

(2)本年五月二十六日の「第六十九回日本ダービー」中継放送に関して。

開会式で国歌「君が代」の独唱が流れる間中、NHKカメラはパドックで足慣らしをする出場馬の尻を写し続けてゐたことは中村が『正論』八月号で批判的に取上げ、月刊『テーミス』九月号もこの追跡記事を掲載してゐる。他に写すべき人・物・情景は幾らでもあるのに、何故国歌に合はせてわざわざ「馬の尻」を放送したのか。

平成十年「第六十五回日本ダービー」中継放送の時にも、国歌吹奏の時に別の音声と画像を流して「君が代隠し」を行つたこと(『正論』平成十年八月号「NHKウォッチング」)を考へ合はせると、NHKの国歌冒涜放送は意図的であるとしか考へられない。これについて会長の説明と所見を承りたい。

NHKの回答

 今年5月の日本ダービーでは、レースに向け馬と騎手が待機場で最終調整を行っている時に、オペラ歌手による「君が代」の独唱がありました。しかし、国歌に合わせて意図的に馬の尻の映像を放送した事実はありません。

NHK回答への反論


「国歌に合はせて意図的に馬の尻の映像を放送した事実はありません」との回答は欺瞞的である。何故なら、あらゆる映像収録と放送はディレクターの判断によつて最も効果的な対象が選定されるべきなので、「偶然に」撮影が行はれるなどテレビ収録ではあり得ないからだ。もし「馬の尻」の撮影がディレクターの本意によらぬものであつたとしたら、ディレクターは怠慢と不注意の責任を問はれるべきである。これもお粗末な言ひ逃れである。また「馬の尻」放映が平成十年第六十五回日本ダービーでの「君が代隠し」に続く少くとも二回目の国歌侮辱である点についても回答は触れる所がない。答へに窮して知らぬ顔を決め込むのは誠意ある回答とは云へない。

(3)国旗国歌の放送に関して。

二十四時間放送に移行したのを機(好機?)として、NHKは国旗国歌の放送を中止したが、主権国家日本の公共放送として、適当な放送時間の区切りに国旗国歌を放送するのが相応しいと考へるが、どうか。殊に国の祝日には国旗国歌の放送をきちんと行ふのが有意義な国民儀礼と信ずるがNHKの考へはどうか。

NHKの回答

 国旗、国歌については、放送設備の保守・点検などのため終夜放送を休止する際、放送終了時と放送開始時に「日の丸」の映像と、「君が代」のメロディーにあわせて歌詞をスーパーしたり、メロディーを流したりしています。また、総合テレビと教育テレビでは、毎日、番組編成の区切りとなる午前5時前に、原則として「日の丸」の映像を放送しています。

NHK回答への反論


当方は国旗国歌は毎日、そして国の祝日には特にきちんと放送すべきではないかと質してゐるのに、「放送設備の保守・点検で終夜放送を休止する」場合に放送してゐるからいいではないか、と云ふのは質問者を馬鹿にした云ひ草である以上に、国旗国歌に対する甚だしい冒涜である。歴史の重みを担ひ、また国法にも明確に規定された国旗国歌に対する公共放送の姿勢が斯くもぞんざいであることは由々しい問題である。

(4)北朝鮮を「朝鮮民主主義人民共和国」と云ひ替へることに関して。

NHKはなぜ、世界諸国の中で、国交もなく、我国に対して犯罪まで犯してきた北朝鮮だけを毎回「朝鮮民主主義人民共和国」と正式国号で云ひ替へるのか。これは北朝鮮の強要に屈服した結果なのであるか。「民主主義」や「人民共和」の理念も実体も存在しない専制国家北朝鮮に対してだけ、他の国々とは区別して特別な配慮を施し、「民主主義人民共和国」の名を冠して云ひ直すことに、NHKは何の矛盾も疚しさも感じないのか。此度成立した拉致被害者支援法も「朝鮮民主主義人民共和国」の名称は使はず「北朝鮮」とのみ表記してある。わが国民感情からもかけ離れたこの云ひ替へは即刻廃止すべきと考へるが、所見をお伺ひしたい。

NHKの回答

 NHKでは、「北朝鮮」の呼称について、▼「北朝鮮」という呼び方は、朝鮮半島の北部にある国家の呼称として広く使われているものの、国名の略称ではないこと、▼「北朝鮮」について、日本政府は国家として承認していないものの、国際的には国家として扱われていることなどを総合的に勘案し、一つのニュースの中で一回、また北朝鮮関連のニュースを連続して放送する時は、最初のニュースで一回だけ、「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国」と言うことを原則にしています。北朝鮮側は、国名を呼ぶときは常に朝鮮民主主義人民共和国とするよう求めており、NHKはその要求をそのまま聞き入れている訳ではありません。韓国、アメリカ、中国などについては、地域名ではなく「国名」の略称であり、当該国からの要請も特にありません。

 こうした呼称のあり方は、新聞・放送各社共通でしたが、一部の新聞社等が最近、「朝鮮民主主義人民共和国」という言い換えをしないよう改めるなど変化も見られます。現在、日朝国交正常化交渉が行われていることもあり、NHKとしては、どのような表現方法が良いのか、交渉の経緯も見極めながら慎重に検討していきたいと考えております。

NHK回答への反論


「北朝鮮」は地域名であつて国名の略称ではないから一度だけ正式国名で云ひ直すのだといふのはNHKお得意の陳弁であるが、全くの詭弁だ、米国はじめ諸外国は「北朝鮮」North Koreaを国名の略称として使つてをり、英語辞書にもNorth Koreaの略称が記載されてゐる。あの長たらしい正式国名をニュース報道のたびに使つてゐる国は他の何処にもない。NHKの回答が「北朝鮮」を地域名だと強弁して、冗長な正式国名を使ふ云ひ訳にするのは、北朝鮮に対する迎合以外の何物でもない。略称としての「北朝鮮」が内外で定着してゐる事実をNHK回答は隠蔽するものである。

(5)北朝鮮の拉致犯罪に関して

 小泉訪朝(平成十四年九月十七日)以後、漸くNHKはこの問題を報道するやうになつてきたが、それ以前NHKには「拉致疑惑」「いわゆる拉致事件」などの表現で、あたかも拉致の存在を疑ふかの如き報道を行ひ、事件発生以来四半世紀に亙つてこの重大な人道問題を殊更に無視し続けてきた。もしNHKが早くから事件を報道し、内外世論の喚起に努めてゐたならば、事件はもつと早期に、より好ましい形で解決してゐたかも知れない。この点に関する公共放送NHKの責任をどのやうに考へてゐるのか。

NHKの回答

 NHKでは、9月17日の日朝首脳会談で、北朝鮮側が拉致事件を自ら認めるまでは、この問題を正式に表現する際、「北朝鮮が関わった疑いがあると日本政府が認定している8件11人の拉致問題」としてきました。省略して伝える場合には原則として「いわゆる拉致問題」としていました。しかし、これはご指摘のように「あたかも拉致の存在を疑ふかの如き報道を行い(中略)この重大な人道問題を殊更に無視しつづけてきた」ことを示すものではありません。これは日本の捜査当局の発表に沿って使っていたもので、決して「拉致でっち上げ説」に加担したものではありません。国内の一般の事件でも、警察の捜査段階であれば「疑い」としていることを想起していただければと思います。

 また、NHKでは、以前から拉致問題については、節目節目で報道してきました。とりわけ「家族の会」が発足し、横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたことが国会で取り上げられて以降は、真相の解明を求める動きをその都度、ニュースや「クローズアップ現代」等で伝えてきた他、日朝国交正常化交渉に関するニュースや解説の中では、ほぼ必ず拉致問題を取り上げてきました。今後とも、適切な報道に努力してまいりたいと考えております。

NHK回答への反論


 回答は「以前から拉致問題は節目節目で報道してきた。とりわけ『家族の会』が発足してからは真相の解明を求める動きをその都度、ニュースや〈クローズアップ現代〉等で伝えてきた他、日朝国交正常化交渉のニュースや解説の中では、ほぼ必ず拉致問題を取り上げてきた」とあるが、これは大嘘である。その理由は次の通り。

※文中(  )内は関連「NHKウォッチング」を掲載した月刊誌『正論』の発行年月。

(イ)「家族会」結成は平成九年三月二十五日だが、NHK〈ニュース7〉が初めて拉致問題を報じたのは、何と翌十年七月三十一日、増元るみ子さん達の救出運動を伝へた時だ。「家族会」が出来ても一年半近く無関心だつた訳である。しかもその〈ニュース7〉の中で八月には東京、神戸等で救出を訴へる集会が行はれると報じながら日時も場所も伝へない。集会の盛り上りを望まなかつたからだ。そのニュース報道も「拉致されたとされる」「真相は明らかになつてゐない」等、如何にも胡散臭いと云はんばかりだつた。しかも八月には右の予告通り新潟、東京、神戸など各地で元北朝鮮工作員・安明進氏の告白的証言を中心とした集会が開かれたにも拘らず、NHKは全く報道しなかつた(平成十年十月号)。

(ロ)同年十二月六日、中村達が、息女を北朝鮮に拉致された有本明弘氏と共にNHK視聴者センター(当時)の望月、土谷、角野三氏と会ひ、拉致問題についてNHKが報道しない点を追及し、この問題で特番を組むことを要求した時、三人は黙秘を決め込んで一言も答へず、NHKが拉致問題をタブーとしてゐることが明白であつた(平成十年六月号)。

(ハ)翌十一年五月二日、東京・日比谷公会堂で「横田めぐみさんたちを救出するぞ!国民大集会」が千九百人もが参加して開催された時も、NHKは六時の〈首都圏ニュース〉も〈ニュース7〉も一言も報道せず。〈首都圏ニュース八四五〉が申し訳程度に一分間だけ伝へたものの、「集会アピール」が「疑惑」の言葉を外すやうに訴へたにも拘らず、NHKは集会参加者の神経を逆なでするやうに「拉致疑惑」と伝へ、またその文字を画面に流しさへした。その上ニュースの最後に「北朝鮮の赤十字会中央委員会は去年六月拉致事件に該当する日本人は国内には居なかつたと発表してゐます」とつけ加へて、頼まれもしないのに北朝鮮の代弁人を演じたのである(平成十一年七月号)。

(ニ)同年六月十一、十三日、二夜連続〈NHKスペシャル〉「北朝鮮とどう向き合うのか」を放映したが、この大型スペシャルに於て、何と「拉致」の「ら」の字もなし(平成十一年八月号)。これで「節目節目で報道してきました」等とよく云へたものである。

(ホ)回答には〈クローズアップ現代〉で度々紹介してきたやうに書いてあるが、〈クローズアップ現代〉が拉致を初めて取上げたのは漸く平成十二年四月四日「対話は進むか・日朝交渉きょう再開」に於てである(平成十二年六月号)。回答とは違つて「家族会」結成から三年以上も経つた時期に於てであつた。

(ヘ)日航機「よど号」乗つ取り犯の元妻・八尾恵女が有本恵子さん拉致を実行したことを警視庁で供述し、東京地裁でも証言し、平成十四年三月十二日の民放は恵子さんの両親に土下座して号泣謝罪する八尾女の姿を放映した。なのにこの日の〈ニュース7〉は相変らず?拉致疑惑?の文字を麗々しく画面に出し、その上「拉致はでつち上げ」と云ふ「よど号グループ」の主張まで紹介した(平成十四年五月号)。これは拉致の事実を矮小化しようとの意図の表れと見る他ない。

(ト)同年三月二十二日、小泉首相訪韓を伝へるNHKニュースは従来の「拉致疑惑」を「いはゆる拉致」に初めて変更した。八尾証言などでもはや「疑惑」では通らぬと判断したからだらうが、ならば率直に「拉致」と明言すべきである。「いはゆる」を冠するところに、何としても北朝鮮による拉致を認めたがらないNHKの本音が隠見される(平成十四年六月号)。三月二十九日テレビ朝日〈ニュースステーション〉でさへ「拉致はもはや疑惑ではなく事実となつた」と率直に伝へてゐるのである(平成十四年六月号)。事実を直視する点でNHKは民放以下であつた。

(チ)同年三月三十一日、山本、森田両アナによる「総理に問う」では、一時間番組があと五分で終りになるといふ頃、漸く森田アナが「北朝鮮(慌てて)朝鮮民主主義人民共和国との関係では?いはゆる拉致問題?もありますが」と、ほんの申し訳程度に触れただけで、解決の決意や方途についての突つ込んだ質問は全くなし(平成十四年六月号)。

以上(イ)~(チ)に照らして見る時、九月十七日小泉訪朝まではNHKが拉致問題を意図的に無視あるいは軽視してきたことは疑ひない。回答は事実の流れと違つたことを述べ、我々が質してゐるNHKの責任に全く触れてゐない。

(6)教育番組に関して。

 行き過ぎた「ゆとり教育」の弊害が指摘され、基礎学力充実や愛国心涵養の必要が叫ばれる中、NHKの教育番組は依然として「ゆとり」「自由放任」「反日」に偏した放送を改めず、我国の教育の改善向上よりは、学校嫌ひ、学力低下、学校崩壊を陰に助長するかの如くである。へ、公序良俗に挑戦する思想で生徒を洗脳する教育を提唱する人物(東京・杉並区の藤原和博氏はその一例)を繰返し教育番組に登場させる(平成十四年五月二十七日〈にんげんゆうゆう〉、十一月四日〈教育フェア二〇〇二〉)に至つては、NHK教育放送の狙ひは日本の教育の崩壊と日本国家の解体にあるとしか思はれない(月刊誌『正論』平成十四年九月号、平成十五年一月号「NHKウォッチング」)。斯かる危険極まる反国家放送は即刻停止すべきであると考へるが、NHKの見解如何。

NHKの回答

 今年4月、小中学校の新しい学習指導要領が全面的に実施され、教育に関する様々な議論が起きています。

 NHKでは、こうした議論を踏まえて、教育に関する長時間討論や具体的な教育方法を紹介する番組を放送しています。

 教育問題に関して今後も様々な観点から多角的に取材し、放送していきたいと考えています。

NHK回答への反論


 質問は具体例を挙げてNHK教育番組の偏向を質してゐるのに、回答はそれについては答へず、顧みて他を云ふかの如くである。回答に真面目さを感ずることが出来ない。

(7)皇室関連の報道に関して。

 従来よりNHKの皇室報道には当然の敬意が欠けてゐるとの批判がある。その端的な例は敬語の疎略あるいは省略である。「皇太子殿下」を「皇太子さま」、「御懐妊」を「懐妊」、「お墓」を「墓」、「御葬儀」を「葬儀」、「○○され」を「○○し」等々、親しい知己同士でさへ自然に敬語を使ふところにさへ、皇室に関しては不自然に敬語を省略した放送をしてきた。甚だ耳障りで、意図的に皇室を軽視嘲笑してゐるのかとも疑ひたくなる。NHKは皇室を庶民と同等あるいはそれ以下の存在として遇することが民主主義であるとの思想的見地から、斯かる放送をしてゐるのか。NHKの天皇、皇室観をも含めて見解を伺ひたい。

NHKの回答

 NHKは、皇室への敬語については、できるだけ平易で簡潔であることを基本に、親しみのある敬語を使用しています。

 特に放送という耳から入るメディアの特性を考慮して、違和感のない表現になるよう心がけています。

NHK回答への反論


 当方はNHK回答に云ふやうな「平易、簡潔、親しみ」等の要素を否定してゐる訳ではない。だが「親しき中に礼儀あり」と云ふ。NHKの皇室敬語の用法が疎略非礼に渡るところがないかを質してゐるのであるが、それには何の言及もない。此処でも具体例を挙げて質問してゐるのに、抽象的な原則論で質問をはぐらかさうとしてゐる。

(8)戦争・歴史番組に関して。

 NHKが最も批判されてきたのは戦争・歴史に関する報道と番組に関してであらう。NHK報道は日本の近代史を殊更に醜悪に描き、近代に於ける我国の対外行動を侵略一色の如く紹介してきたが、斯様に一面的で偏向した戦争・歴史報道を是正する用意はないのか。

NHKの回答

 NHKは、戦争・歴史に関する報道や番組についても、あくまで客観的な事実に基づいて放送する、という姿勢で取り組んできました。今後も、この基本姿勢を堅持して、公正で客観的な報道や番組制作に取り組んで行く所存です。

NHK回答への反論


 「偏向報道是正」の意思の有無を問うてゐるのに、それには回答せず、「基本姿勢の堅持」などと云つた抽象論でお茶を濁さうとするのは甚だ不誠実である。

(9)南京事件に関して。

 平成七年三月三日、偏向報道に抗議して私共がNHK視聴者センターへ赴き談判した際、NHK側は「南京の虐殺数は三十七万人がNHKの公式見解である」と発言し、一同唖然としたが、この三十七万人虐殺といふ認識は今も変つてはゐないのか、お尋ねする。またこの事件について、従来の如く中国側あるいは大虐殺派の見解のみならず、批判派の見解をも報道してゆく気持があるかどうか、お伺ひする。

NHKの回答

 虐殺された人数などについて、放送機関であるNHKとしての公式見解はありません。

NHK回答への反論


 NHKに虐殺数について公式見解がないとすれば、平成九年十二月六日の談判でNHK視聴者センター責任者は嘘を云つたことになる。更にまた、南京虐殺者数についてNHKに公式見解がないのであれば、虐殺三十万人以上を主張する論者の意見のみを番組で紹介してきたことは明白な片手落ちで放送法の定める「公正」報道の原則にも反する。今後は大虐殺批判派の見解をも紹介して報道機関としての公正な姿勢を示すべきなのに、回答には左様な謙虚な反省の気持が全く感じられない。


以上、何れの質問事項についてもNHK回答はお座なりの抽象論に終始し、時に事実からも逸脱してをり、当方が提起した具体的質問事項に対する率直かつ誠意ある回答と認めることは出来ない。我々がNHKに求めた誠意ある対応がこれ以上のものでないとすれば、もはやNHKに一片の誠意あるを信じて言葉の応酬を繰返すことは無駄であらう。今後は受信料不払運動の拡大は無論、政治的法的また社会的な凡ゆる手段により、公共放送としての自覚も責任感もなきNHKの報道姿勢を追及断罪してゆく所存である。

 このようにNHKの体質は、今の一連の不祥事からも類推できるように、昔から全く変わってないように見受けられる。
 そのことを一行に改善することなく、「受信料不払い者に法的手続き計画」を推進するNHKの図々しい態度が気に入らない。
 NHK、大丈夫?

【関連記事】
・(H17/9/04)自浄作用が効かず逆切れするNHK…もはや解体か
・(H17/9/07)自浄作用が効かず逆切れするNHK…もはや解体か(その2)

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