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2008年08月14日 (木)

なぜ在日コリア人は日本に帰化をしないのか?

 図書館で調べものをしていたら、当初の目的とは関係のない「在日コリアンの歴史」という書籍が目についた。時間の無駄と思いながら、捏造具合が気になったので始めの数ページほど、目を通すことにした。

・第1章 在日コリアンはどのようにして形成されたのか
 在日コリアンの歴史 p8
1.在日朝鮮人はなぜ、海峡を渡ったのか

朝鮮総督府の土地調査事業による収奪

 在日朝鮮人の一世は、なぜ祖国を離れ、海峡を渡ったのでしょうか。

 江戸時代から明治前期、朝鮮人は日本にほとんどいませんでした。露日戦争の始まった1904年の日本当局の統計によると、わずか233人です。それも一般の商人や労働者はほとんどおらず、留学生か亡命政治家たちでした。しかし、日本に大韓帝国が「併合」され、植民地化された1910年以後、しだいに増えてきました。
 
 解放を迎えた1945年には、なんと240万人になりました。この数字は当時の朝鮮人総人口の約10%にあたります。このほか、「旧満州」といわれるあたりに200万人、シベリアの沿海州一帯に500万人位いました。1905年から1945年までの40年間に、あわせて500万人もの朝鮮人が海外で住まざるをえなくなっていたのです。
 
 朝鮮民族は「漂泊の民」ではありません。大地にしっかり根を下ろした農耕民族です。農民はどちらかといえば保守的で、土地から中々離れないものですが、それがわずか40年の間に、なぜこのような大規模の流移民現象を起こしたのでしょうか。この現象は、日本の植民地支配と深い関係を持つものでした。

 日本の植民地政策を年代毎に区分すると、1910年代は土地調査事業による「土地よこせ」、1920年代は産米増殖計画による「米よこせ」、1930年代は皇民化政策による「人よこせ」、1940年代は徴用、徴兵による「命よこせ」と表現することがあります。40年間の植民地政策は、おおよそこのようなものであったといえます。
 
 (省略)
歴史教科書 在日コリアンの歴史
明石書店 [編集] 『歴史教科書在日コリアンの歴史』作成委員会
ASIN:4750322873 /単行本/133頁
発売日:2006-03
ランキング&評価:---位 1.0
価格:¥ 1,365[2008-08-14 Amache]
1 - 偏った



 在日コリアンの歴史では、1910年代は土地調査事業による「土地よこせ」の時代と位置づけられているようだ。しかし、これは、近代的土地所有制度を確立するものである。

第94題 『在日コリアンの歴史』の間違い
 「歴史と国家」雑考
(土地調査事業)

アジアの古代・中世の土地所有制度ではその所有権等が公認されていなかったので、例えば何代にもわたって耕作していても或いはちゃんと代価を払って買ったとしても、そこは元々俺の先祖の土地だ、お前らは出て行け、と言う人間が現れる可能性があった。これを改めようとしたのがいわゆる土地改革=土地調査事業である。

 朝鮮の土地調査事業について詳しく研究した宮嶋博史は、「比較史的視点からからみた朝鮮土地調査事業」(日本評論社『朝鮮近代の経済構造』1990所収)という論文のなかで次のように結論している。



「政治的・身分的関係にもとづく土地所有関係の廃絶という点に、近代的土地変革の指標を求めるとすれば、日本は後発帝国主義であったにもかかわらず、朝鮮においてより近代的な土地変革を行なった」(96頁 下線は引用者)



土地調査事業はそれまでの古代・封建的土地所有制度を廃止し、近代的土地所有制度を確立するものであった。これはすなわち、それまで土地所有権や耕作権などが不安定であったものが、権利として公認され安定したのである。調査事業は私有財産制の確立であって、「土地収奪」ではない。そして韓国の現在の土地所有制度は、この調査事業による新たな制度を継承し発展させた結果であることを強調せねばならない。「土地収奪」は間違いである。

さらに教科書ではこの調査事業の「収奪」なるものの様相を物語風に記述している(10~12頁)。これは一般向け朝鮮史概説の記述にしばしば見られるフィクションであり、「教科書」には相応しくないものである

 コリア人の大規模な流移民現象が、日本の植民地支配と深い関係があるといわれているようだが、日本の持ち出しの方が多い植民地支配とはどのようなものなのだろうか?次の文献には、大地にしっかり根を下ろした農耕民族が「旧満州」に200万人もいた理由も記されている。

・朝鮮統治 p120
 日本人として最低限知っておきたい“Q&A”近現代史の必須知識

【土地問題】
<朝鮮人の土地所有>
 少数の朝鮮人しか土地所有を認められなかったといわれるが、土地調査完了時点で、187万人が土地所有者であった。これは全農家戸数270万の3分の2になる。
<朝鮮人の移住>
 土地を奪われたために朝鮮人が満洲や内地に移住したのであろうか。
 満洲・内地への朝鮮人移住者数は、土地調査完了後の10年間は、それ以前の10年間の3~4割増であったが、さらにその10年後には3倍近くになっている。つまり満洲移住者が増加したのは、土地接収とは関係なく、人口が増加したからである。

(省略)

ポイント
1.日本の朝鮮統治は、搾取というより、むしろ日本の持ち出しであった。
2.日本は、朝鮮に発電・化学工業・鉱業等の近代産業を発展させた。
3.日本人の土地所有はわずかで、大部分の朝鮮人農民は土地所有を認められた。
4.朝鮮人の地方官吏はもちろん、国会議員もいれば軍人も華族もいた。
5.朝鮮人に志願兵制度が施行されると、ピークには60倍以上の応募があった。
6「三・一独立運動」などの反日抵抗運動はわずかで、首謀者の処罰も軽く、その中には後に大東亜戦争が勃発すると熱烈な日本の愛国者になったものもいる。
7.日本の統治時代、朝鮮語を禁止したことは一度もない。
8.開国以前の朝鮮では、公用文は全て漢文であった。
9.韓国併合後に就学率が高まったことが、ハングル文字の普及に大きく貢献した。
日本人として最低限知っておきたい“Q&A”近現代史の必須知識
PHP研究所 [著] 水野 靖夫
ASIN:4569645089 /単行本/190頁
発売日:2006-01
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ 1,000 [2008-08-14 Amache]
5 - 日本人としての誇りを取り戻す一冊
5 - 教科書に載らない日本の近代史
5 - 日本の正しい近代史が勉強できる本
5 - 「東京裁判史観」「自虐史観」よさらば!
5 - 近現代の本当の歴史を知るのにお勧め


 1920年代は産米増殖計画による「米よこせ」の時代と位置づけられているが・・・

・農林省の反対を押し切って行われた米の飢餓移出
 「植民地朝鮮」の研究―日本支配36年 p72
 韓国の教科書「韓国の歴史 国定韓国高等学校歴史教科書」では1920年から1933年まで一年置きの米の生産量と日本への移出量の表を提示し<増産量を遥かに超過した量を収奪していったのである。そのためにわが農民の大多数は飢餓線上にあえぎ>と非難している。日本の植民地支配の厳しさの証拠として盛んにいわれる問題である。
 この表からわかることは、1926年から朝鮮での消費量が急減していることである。昭和初期は昭和恐慌として名高い時期である。この時期、農家が米を食べられなくなったのは朝鮮だけではない。日本の東北地方の惨状もまたすさまじいものがあった。1931年の例外では、北海道、青森を中心に45万人が餓死線上にたたされた。農村部では、役場の吏員や学校の先生の給料が払えず、娘の身売りが続出した。

 1925年から1931年にかけ米の価格は40%に暴落した。内地では価格の暴落は、朝鮮、台湾からの安価な米が無制限に入ることが原因であるといわれ、農林省では内地農民保護のため、朝鮮、台湾からの移入制限を主張した。それに対し朝鮮総督府は朝鮮農家の保護を要求し、陸軍の応援を得て、移入制限を拒否し通したのである。(省略)

 即ち米騒動のあった大正時代は、日本は米不足で、台湾、朝鮮からの米を欲したが、昭和に入ると各地とも増産態勢が整い、不況による消費の減少もあり、米余り時代に入っていたのである。朝鮮では米に代わる換金作物がなく、衣類その他を買うためには米を売る以外に方法はなかったのである。
米穀生産量と日帝国収奪量.PNG
「植民地朝鮮」の研究―日本支配36年
展転社 [著] 杉本 幹夫
ASIN:4886562140 /単行本/426頁
発売日:2002-06
ランキング&評価:---位 3.5
価格:¥ 2,625 [2008-08-14 Amache]
5 - 引用元が細かく書いてあっていい
5 - 植民地支配を研究する上では最高の本です。
1 - 甘すぎます
3 - 歴史認識を問質す貴重な研究


 換金作物がない朝鮮が、米がダブついている内地に、破壊的な価格で米を押し付けたようである。今の中国のデフレ輸出と何が違うのだろうか。

 1930年代は皇民化政策による「人よこせ」の時代で、1940年代は徴用・徴兵による「命よこせ」の時代とのこと。
 台湾人と異なり、仕事で使えない上に犯罪を犯して治安を悪くするコリア人を徴用する必然性は、いったいどこからくるのだろうか。朝鮮半島からの流入を釜山港でいかに阻止するかで悩んでいたのが実態のようである。

・韓国人の「反日」台湾人の「親日」―朝鮮総督府と台湾総督府
 「ぢぢ登場の巻」の捕捉資料
「朝鮮人の強制連行」問題の著作物は、地方の公立図書館へ行くと、意外なほど多い。戦前の日本国内では、朝鮮人の犯罪者が多かったので、いかにして朝鮮半島からの人の流入を釜山港で阻止するかに悩み、たびたび朝鮮総督府に有効な対策を求めていた。だが、「朝鮮人の強制連行」問題の著書があれほど多くても、「犯罪」「入国阻止」関連研究書は、大学図書館でさえほとんど見いだすことが困難だ。
(中略)
韓国人の著述には、「日帝36年」について「強制連行」「強制労働」「強制徴集・徴用」と表現することが多いが、その「強制連行」とは、じつは大陸文化そのもので、戦争や動乱があるたびに、住民が「強制連行」されたことは、中国史にも、朝鮮史にも繰り返し書かれている。しかし、日本文化は、中国社会や朝鮮社会とはかなり異なる。近代になって、台湾に対しても、朝鮮半島に対しても、いかなる公的な義務労働であろうとも、多かれ少なかれ、工賃を払うのが日本的なやり方であった。このことからも、日本文化は、中国や韓国の社会文化とはまったく違うことが判明する。

台湾領有初期の日本軍の征伐戦争・戦記、日記を見ると、住民を略奪しながら敗退、逃亡した清国兵士に対してさえも、米と銭を与え、船で港から大陸へ送還した。地方の村長、長老を集めて訓示した後でも銭を与え、細かい気配りをしていた。そのような日本的気配りは、中国や朝鮮半島では、絶対に見られないことだ。

韓国人の「日帝」糾弾のバターンは、たいてい決まっている。それはあたかも日帝のすべての悪事悪行が隠蔽されてきたが、それが次から次へと考古学や犯罪事件摘発のように発掘されていくという図式である。
韓国人の「反日」台湾人の「親日」―朝鮮総督府と台湾総督府 (カッパ・ブックス)
光文社 [著] 黄 文雄
ASIN:4334006493 /単行本(ソフトカバー)/223頁
発売日:1999-04
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ --- [2008-08-14 Amache]
5 - 統治の実態と国民性の違い
5 - 忘恩の国と、史実に忠実な国の違い


 結局、徴用が始まったのは、日本人に対する「徴用令」より5年も後の戦争末期になってからである。

・強制連行 p126
 日本人として最低限知っておきたい“Q&A”近現代史の必須知識

【官斡旋と徴用】
 戦時中朝鮮人が「強制連行」されたとよく言われるが、実際は「徴用」である。(省略)
 
 内地(日本)で徴用が制度化されたのは1938年、支那事変の翌年からであるが、朝鮮では1939年に「自由募集」が始まっただけである。内地は朝鮮半島より生活水準も高く、様々な点で魅力があるため、内地に移住すると内地の労働市場を乱し、治安が悪くなるとして、制限されていたのである。(省略)朝鮮に「徴用令」が施行されたのは、戦争も末期の1944年に入ってからである。
 
【強制連行】
 それでは何が「強制連行」なのか
「徴用」は法に基づく国の命令であるから、これに従わなければ1年以下の懲役または1,000円以下の罰金という罰則がある。したがって「徴用」を拒否した場合は「強制連行」されるが、行き先は「刑務所」である。「徴用」を拒否して「強制連行」させて「刑務所」に入れられた、ということはあっても、「強制連行」されて、軍需工場等で働かされた、ということはありえないのである。
 「徴用」を「本人の意思に反して」いるから「強制連行」であり「国家犯罪」というなら、日本人の徴兵・徴用も「強制連行」されたことになり、これも「国家犯罪」になってしまう。「徴用」は、韓国の李承晩ラインでの日本漁船「拿捕」や、北朝鮮による日本人「拉致」とは本質的に異なる。前者は合法行為であるが、後者は違法行為である。(省略)

ポイント
1.韓国がいう戦時中の「強制連行」は、合法的な「徴用」である。
2.「徴用令」が朝鮮人にだされたのは、日本人に対する「徴用令」より5年も後の戦争末期になってからである。この「徴用令」後に日本に来たのは出稼ぎ労働者も含め、わずか4000人ほどである。

3.敗戦時「徴用」に伴い発生した「未払い賃金」は、「日韓基本条約」締結時に3億ドルの無償供与の一部として支払われている。
4.戦後日本に残った50万人強の朝鮮人の大半は、戦時動員前に日本に来た人たちである。
日本人として最低限知っておきたい“Q&A”近現代史の必須知識
PHP研究所 [著] 水野 靖夫
ASIN:4569645089 /単行本/190頁
発売日:2006-01
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ 1,000 [2008-08-14 Amache]
5 - 日本人としての誇りを取り戻す一冊
5 - 教科書に載らない日本の近代史
5 - 日本の正しい近代史が勉強できる本
5 - 「東京裁判史観」「自虐史観」よさらば!
5 - 近現代の本当の歴史を知るのにお勧め


 捕まるリスクを覚悟しながら密入国したいほど日本が好きならば、帰化すればいいのにと思うときもあるのだが・・・

・なぜ在日コリア人は日本に帰化をしないのか?
 大日本焼肉文化研究所

なぜ罪にち朝鮮人は帰化しないか?



http://houmukyoku.moj.go.jp/kagoshima/table/QandA/all/koseki25.html
以上引用。


Q:帰化の条件としては,どのようなものがありますか。【戸籍・国籍に関する質問】
A: 帰化とは,日本国籍を有しない外国人からの日本国籍を希望する意思表示(申請)に対し,法務大臣が帰化を許可することによって日本国籍を与える制度です。
 帰化の一般的な条件は,国籍法5条に規定されており,次のとおりです。
 なお,父又は母が日本人である方,日本人と結婚している方などについては,これらの条件が緩和あるいは免除される場合があります。詳しくは法務局にお尋ねください。
 
【住所条件】
 引き続き5年以上日本に住所を有することが必要です。
 
【能力条件】
 20歳以上で本国法によって能力を有することが必要です。
 
【素行条件】
 素行が善良であることが必要です。

 
【生活条件】
 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によって生計を営むことができることが必要です。

 
【重国籍防止条件】
 帰化しようとする者は,国籍を有しないか,又は日本の国籍の取得によってそれまでの国籍を喪失することが必要です。
 
【憲法遵守条件】
 日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て,若しくは主張し,又はこれを企て,若しくは主張する政党その他の団体を結成し,若しくはこれに加入したことがないことが必要です。



親族に暴力団がいたり、破防法の最有力候補の朝鮮総連の幹部だったりすると、帰化できないのです。
もちろん本人が暴力団というのが多いのが、在日朝鮮人ですがw

が、在日朝鮮人は前科があっても、酷くなければ帰化は出来ます。

在日朝鮮人は結構簡単に帰化できるのに、他の外国人は帰化が難しいのです。

これは差別です。

早急に朝鮮人の帰化も厳しくするべきです。

将軍様は日本人が朝鮮人を拉致したと言います。

私たちは喜んで、罪にちを祖国へ強制送還しましょうw

ちなみに、この読者が愛国心があれば、罪にちと海外旅行をしてください。

そのとき罪にちのパスポート(あれはパスポートではなく、何というのか是非、掲示板に書き込んでください。)破って燃やしてください。

そうすれば、祖国へ強制送還されますw

はれて、地上の楽園である、南北朝鮮に帰国できるのですw

冗談では無くやってね。

海外でパスポートをなくして、祖国へ強制送還された罪にちは大勢いますw



【関連記事】
・(H17.12.10)偉大なる在日コリア人の秘密!
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2007年11月03日 (土)

残忍な大日本帝国の支配

 朝鮮人は、併合された際に行われた我が国の政策とその業績を忘れ、今でも謝罪と反省が足りないと繰り返している。

・残忍な大日本帝国の支配
 大日本焼肉文化研究所
有史以来初めて、中国から民族史上初の独立
korea01.jpg

拷問の廃止


ハングルの教育



近代化
16.jpg

人口倍増(疫病&衛生対策)


約1000万人→約2500万人



日本はすぐにコリア人に謝罪し

て、コリアを元に戻せ!


 歴史を失った朝鮮が哀れに見える。

・まえがき
 歴史再検証日韓併合―韓民族を救った「日帝36年」の真実
 私の結論を一言で述べれば、現在の韓国の教科書が教えていること(彼らの国益を増やすために朝鮮を開発し、日帝の侵略政策で、民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展が抑えられ沈滞せざるを得なくなった,p33)と、日本統治の実態とは、あまりにもかけ離れているということだ。つまり韓国側の歴史観は、歪曲がはなはだしい。独りよがりで被害者意識に凝り固まり、事実を捉えようとはしていない。

 ご存知の通り、韓国で植民地時代の日本統治について肯定的にとらえるのは、相当の覚悟がいる。極端な話、身の危険も覚悟しなければならない。だが私は、どうしても言わねばならない。

 作家・李光洙は、「民族改造論」において、民族最大の欠点は「ウソつきで人をだますこと」だと述べているが、歴史の歪曲、身勝手な解釈はまさに韓民族の宿痾(しゅくあ)であり、これがもとで幾度実態を見誤り、国を滅ぼしてきたかしれない。感情に流されることなく歴史に何があったかを正しく見つめ、そこから教訓をすくい取るということが、この国にはあまりにも欠けている。

歴史再検証日韓併合―韓民族を救った「日帝36年」の真実 (祥伝社黄金文庫 ち 2-2)
祥伝社 [著] 崔 基鎬
ASIN:4396314353 /文庫/203頁
発売日:2007-07
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ 550 [2007-11-10 Amache]
4 - 説得力がありますね
5 - 正しい「歴史認識」のために
5 - 歴史を再検証する
5 - 体験者の言葉に耳を傾ける

 朝鮮と同じように我が国にも失った歴史がある。
 それは、戦前と戦中の歴史である。戦争は悲しいことなので、忘れたい気持ちを理解できるが、忘れたことによる弊害がそれ以上に大きいことを認識すべきであろう。万難を排して今後生きるための道しるべを失うことに等しいからだ。
 また、戦争を正義か否かの二通りの答えしかない価値観で判断するアメリカの原理主義的な考え方も、よろしくない。歴史の道しるべが軽視され、今もイラクで続いているように戦争が絶えないからだ。
 かといって、中立的な立場で歴史を学ぶというのは非常に難しい。そもそも中立的な立場で書かれたものが存在するかどうかも怪しいからだ。このようなことを考えると歴史を学ぶ前に疲れてしまう。
 そんなわけで、まずは、日本人の立場で書かれたものから歴史を学びたいと思う。私が好きな和辻哲郎先生が書き残した記事を以下に引用する。これは、満洲事変(昭和6年)、二・二六事件(昭和11年)、盧溝橋事件(昭和12年7月)といった日本が泥沼にはまりつつある時代を経た後に書かれたものである(昭和12年9月)。

・岡倉天心と和辻哲郎の予言と警告
 天才戦略家の肖像 石原莞爾 p542
 日本は近代化の世界文明の中にあって極めて特殊な地位に立っている国である。20世紀の進行中には、遅かれ早かれ、この特殊な地位に基づいた日本の悲壮な運命が展開するだろう。・・・ヨーロッパ文明を担う白人は自らを神の選民であるかの如く思い込み、あらゆる有色人種を白人の産業のための手段に化し去ろうとした。もし19世紀の末に日本人が登場してこなかったならば、古代における自由民と奴隷の如き関係が白人と有色人種との間に設定せられたかも知れぬ。・・・日本人は僅かに半世紀の間に近代欧羅巴の文明に追いつき、産業や軍事においては欧羅巴の一流文明国に比して劣らざる能力を有することを示した。・・・日本人の勤めたこの役割は、本質的な方向から言えば、10億人の東洋人の自由の保証である。この自由なくしては、公正な意味において、人類の文化を云為することは出来ない。・・・白人は本能的にこの事態を好まないのみならず、また彼らの産業の利害がこの承認を拒否する。・・・
 もし近代文明の方向が譲り通さるべきであるならば、危険なる日本は抑制せられねばならぬ。この点において白人の国々は既に連繁して日本に対抗してきた・・・シナ側における抗日の激成は日本を抑圧する最も有効な手段として、シナ側の夷を持って夷を制すと相表裏しつつ、極めて巧みに推し進められた。
 日本が発展することは常に抑圧に値する。発展の度が高まれば抑圧の度も高まるであろう。これが日本の運命なのである。日本人がその発展を断念しない限り日本人は悲壮な運命を覚悟しなくてはならぬ。軍事的な運動を始めると否とに拘わらず、この運命は逃れられない。しかもこの運命を護り通すことは、究極において10億人の東洋人の自由を護ることである。・・・」(和辻哲郎、文化的創造に携わる者の立場)
石原莞爾―天才戦略家の肖像
経済界 [著] 佐治 芳彦
ASIN:4766782313 /単行本/614頁
発売日:2001-10
ランキング&評価:---位
価格:¥ 2,940 [2007-11-02 Amache]


 アーノルド・トインビーは、満洲事変前の昭和4年当時から既に日本の危機を示唆していた。

・トインビー史学と現代の課題
 世界の名著 トインビー  p8
 京都で満洲問題を主題とした第3回太平洋問題会議が開催された昭和4年当時、トインビーの脳裏に浮かんでいた極東のイメージと、満洲問題にたいする日本政府の政策や松岡洋右のような日本代表の言動に見られるそれとは、全く性質の異なったものであった。彼が我々日本人にもたらした言葉は、日本は一つの歴史的な運命的岐路に立っているということであった。「満洲問題に対する日本の責任は大きい、それは日本の運命を決する」というトインビーの厳粛な一言である。
 それがどういう意味か、またどんな理由があるのか、彼の説明を聞く余裕もなかった。私自身、満洲問題を研究して10年になっていたのに、そんな深刻さを感じもしなかった。しかし、その後の事態の推移につれて、このトインビーとの出会いをその後の自分の境涯において不動のものにしたいのは、この簡単な一言であった。
 トインビーは、京都会議後2年も経たないうちに勃発した満州事変の直後、京都会議で我々に伝えた簡単な一言の意味を解明するかのように、太平洋問題調査会の機関紙に、「次の戦争―ヨーロッパかアジアか」(1934年)という一文を発表した。これを読んで私は、我々とトインビーとの間に比較にならないほど思考力と想像力に相違があることに気が付いた。それは現代史、いな歴史そのものの理解の尺度でもある。彼の眼中には、日本も中国もイギリスも、またアメリカもソ連も、孤立的に存在してはいなかった。
 彼の見ていたものは西欧文明であり、東洋文明であり、そしてその接触交渉であり、その帰結であった。その尺度はギリシャ・ローマ文明、否全ての既存文明の生起興亡の理論であった。彼が満洲問題に対する日本の責任の重大性について語った背後には、日本にして一歩を誤らんか、そこをみまうものは、ローマ帝国と戦ったカルタゴの運命である、という洞察があった。日本は単に中国と戦うのではなく、アメリカやソ連のような20世紀の産業的ローマ帝国と戦うことになるのであるという、世界文明の視野にたった歴史の教訓が彼の念頭に去来していたのである。
 それ以後の歴史の進展は、トインビーの予言した方向に進む。柳条溝事件を契機とする満州事変の勃発、国際連盟からの脱退、日華事変への拡大、太平洋戦争への発展、そして最後に原爆とソ連の参戦によってポツダム宣言の受諾、終戦となり、占領下におかれるにいたった。その時に初めて、16年前、我々日本人に対して、自らの過誤によって不幸な運命を招かないように、警告を与えてくれたトインビーのことを想い出され、それ以来、私にとって忘れがたいものとなった。
 (省略)
1949年(昭和24年)9月、トインビーは、日本語版への原著者の言葉として、次のような序文を送ってくれた。
 「歴史を眺める際に、我々の見地が、たまたま我々の各々が生まれた時代と場所によって、大部分決定されていることに気が付く。人の見解は要するに特定の個人、特定の国民、特定の社会の見方である。歴史をあるがままの姿において見ようとするならば、我々はどうしてもそこから出発するほかないが、この局部的な見方を超越しなければならない。完全にそれを超越することは不可能としても、歴史研究者としての成功は、どの程度、局部的見方を脱して全体的な見方に達しうるか、ということにかかっている。そうすることはいつの時代においても重要なことであるが、現代の如く、全人類が一つの社会に総合され、それぞれの地方的社会の過去が全体の共同の過去になろうとしている時代においては、とりわけ重要であると思う。私自身は、たまたま西欧人であり、従って私のかかっている近視は、この普遍的な欠陥の西欧的な形態であるに相違ない。『歴史の研究』を書いている間、私は絶えずこの限界を意識し、それを乗り越えるために最善をつくしたつもりであるが、はたしてそれに成功したかどうかは、私にはわからない」
世界の名著〈第61〉トインビー (1967年)
中央公論社
ASIN:B000JBBML6 /-/574頁
発売日:1967
ランキング&評価:---位
価格:¥ --- [2007-11-02 Amache]


 きっと、局部的な見方を超越し、世界の潮流を大局的な見方で捉えることができればトインビーのような洞察力が身につくのであろう。言われることはごもっともであるが、残念ながら私には世界の潮流を調べる時間がない。だが、次に記されている「歴史の機能」を抽出することはできるかもしれない。

・歴史の構造、あるいはその教訓
 天才戦略家の肖像 石原莞爾 p21
 あえていうまでもないだろうが、私たちの多くは、日本の破局を望まない。そこで当然、肯定的な選択を指向することになる。その場合、最悪のケースを回避することはもちろん、できれば最適な戦略を選択するための、信頼できるコンパスがあるかどうか、また、あるとすれば、それはいかなるものかということが問題となる。
 結論から言えば、コンパスはある。それは「歴史の教訓」であり、また、それを私たちに提供するのが「歴史の機能」なのである。
 かつてイギリスの現代史家E.Hカーは、歴史の機能を「過去と現在の相互関係を通して両者をさらに理解する」ことに求めた(「歴史とは何か」)。そして、私の言う歴史の教訓とは、私たちの意思決定なり、最適戦略の選択の際、カーのいう歴史の機能を入力することである。
(省略)
「歴史history」という語は、語源的に「物語story」と関連が深い。そこから歴史をロマンとして読む人も多い。だが、歴史はロマンである以上に工学(歴史工学)的な情報の集積であることを、まず理解したい。
 戦後、依然として続く歴史ブームにも拘わらず、残念ながら私たちの多くは、歴史の機能について十分な認識を持っているとはいえない。その原因は、人々がともすれば歴史のロマン性に傾斜し、歴史の工学的側面についての理解にまでは中々達しないことにある(物語ないしロマンとしての歴史は、それ程までに面白すぎるということだろう)。
 だが、同じストーリ的あるいはロマン的な作家でも、例えば司馬遼太郎の作品には歴史工学的情報がふんだんに入力されている。この作家は、カーのいう「歴史の機能」なるものをほぼ完全に自家薬籠中のものにしているといってよい。にもかかわらず、そこ(例えば、「坂の上の雲」)からさえ「歴史の教訓」を汲み取れない人々が、日本の意思決定に大きく関与しているようにも見受けられる状況は、いささか寂しい。
石原莞爾―天才戦略家の肖像
経済界 [著] 佐治 芳彦
ASIN:4766782313 /単行本/614頁
発売日:2001-10
ランキング&評価:---位
価格:¥ 2,940 [2007-11-02 Amache]


 「歴史の機能」が入力された司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」が、様々な人から推薦されているようだ。

・解説―時代の底流をあぶりだす 谷沢永一
 日本史からみた日本人 昭和編 p465
司馬遼太郎と渡部昇一の進化
それにしても、「国盗り物語」にはじまる結晶度は、小説でありながら小説を超え、人間学の領域へ達していた、18年間におよぶ戦後の歴史学が、宮崎市定(東洋史家)など、わずかな例外を別として、体勢としては、ひとしなみに、捨てて顧みなかった人間把握を、司馬遼太郎はあざやかに奪還したのである。ようやくにして戦後の日本人は、改めて歴史上の傑物と、有益な会話を再開し得た。いわゆる歴史研究家の論述が、途端に生色を失ったのは言うまでもない。
そして、昭和47年9月、「坂の上の雲」が完結し、想像を超える多くの読者に迎えられた時、勝負の結果は明瞭であった。よほどの下心ある者の執着をのぞき、暗黒史観はキレイさっぱり雲散霧消した。罪悪史観は駆逐された。たったひとりの著作家が、独力で時代の意識を洗い流した。史上に例のない壮観であった。
日本史から見た日本人 昭和編―「立憲君主国」の崩壊と繁栄の謎 (祥伝社黄金文庫)
祥伝社 [著] 渡部 昇一
ASIN:4396312024 /文庫/497頁
発売日:2000-02
ランキング&評価:---位 4.5
価格:¥ 750 [2007-11-02 Amache]
5 - 第五次国体変化への道程
5 - 「日本の使命」を奢らず、昂ぶらず語る
5 - 学校では教えてくれない現代史
4 - 中々良い
4 - 良い本である。


 ただ、司馬遼太郎氏も人間で、好き嫌いがあるので、多少のバイアスがかかっていることもある。

・歴史小説の読み方 [著]会田雄次

歴史から学ぼう、過去の優れた人物の行動から学ぼうという傾向が強まっている。といっても、過去の人物は全て様々な史料の中にばらばらに分解されて眠っている。それらを集成し、補い、その一生の姿を生きた人物として私達の前に活躍させ、見せてくれるのは後世の人の筆である。とりわけ同じような時代感覚を持つ私たちの同時代人の筆である。
 それをするのは、本来、歴史家の仕事なのだか、史料の制約や学者としての建て前や構想力の不足といったものがあって、今のところどうも上手くいってない。魅力的に描き出しているのはやはり作家である。やはり想像力が史料の不足を補い、文章が対象に生命力を付与しているからであろう。しかし、余り史料を無視し空想に走ったものは歴史から学ぼうという要求から乖離していると言わねばならぬ。史料を十分探索し、史料批判も行った真の意味での歴史小説というのは、案外乏しいと言わねばならない。しかも過去の人物が傑出した人材であり、その業が大きく意義があればあるほど、それを描く作家の方の人間洞察力も大きく鋭くなければならぬ。そういう作家はそう多くないのである。
 さらに歴史や歴史小説には読む方の問題がある。歴史から学ぶ、過去の人材から学ぶといっても、それは過去の人物と、歴史や歴史小説の書き手と、読み手の三者のぶつかり合いによって得られるものである。すばらしい歴史小説でも読み手と読み方如何によって全然役に立たないときがある。無心に読めばよいなどというのは無責任極まる言い方で、そういう時の無心というのは無心どころか、大抵の場合、無反省、つまり無意識な先入観だらけというのが殆どである。
 やはり読み方というものがある。私は優れた歴史小説を好んで読んできた。(省略)

司馬遼太郎論 p20

 内地基幹で命を拾った司馬氏にしても、戦車隊の将校だったということで日本の陸軍というものに対する鬱懐、腹立たしさはとりわけ鋭角的に感じたはずである。なぜなら、日本で一番悲惨な戦争を強いられていたのは第一線歩兵部隊であったが、一番愚劣極まる先頭を余儀なくされたのは他ならぬ戦車隊だったからである。現在でも航空戦や艦隊戦での戦いはもてはやされることはあるが、これは少なくとも対等の戦いをやれた経験があるからである。
 だが、戦車隊だけは戦果を持たない。当時でも戦車隊が活躍し、新聞紙上を賑わしたのはマレー作戦のときだけである。が、その敵は旧式の植民地軍、その持つ戦車だって例えばカーデンロイド軽戦車のような第一次世界大戦の遺物といった代物だったからだ。旧陸軍軍人の頭脳はどういう構造になっていたのか、私のような素人までが知っていた新しい戦車には長身の破甲砲を乗せるものという世界の常識にあくまで反対し、単身の小砲と機関銃しか装備しなかった。ために、敵の戦車隊や対戦車砲隊に対した時、瞬時にして日本の戦車隊は全滅したのである。それは生身の兵を生きながら寸断し火葬にする鉄の棺桶にすぎなかったのだ。そんな戦いで生き残った戦車隊の兵士が「こんな箱に俺達を乗せて屠殺した奴を殺してやる」と怒ったのも当然である。
 その間の事情は噂の形で私たちの耳に入っていた。南方への輸送船の中で、私たちはこっそりその噂をして何ともいえぬ不安感をわかち合っていた。司馬氏自身は戦場に赴かなかったが戦車隊の将校である。そのことは身にしみて感じていた。その痛憤を文章にもしている。氏が技術革新をはじめ、国や組織の近代化の本質を理解してそれを遂行しようとする人物やその行為をとりわけ高く評価し、その反面、固定観念のかたまりとなって旧価値だけに執着する人間を痛切にたたくのはこの思い出からであろう。『坂の上の雲』における児玉参謀長、秋山兄弟の高評価とそれに対照的な乃木大将と伊地知参謀長に対する痛罵、『竜馬がゆく』の坂本竜馬、『峠』の主役河合継之助、『花神』の主役大村益次郎などの先見合理主義者への傾倒がそれだ。砲出身でありながら要塞戦における砲の使用法など全然判ろうとしない専門馬鹿そのものの伊地知に対する罵倒に近い描写には、日本戦車隊の専門指導者たちに対する痛憤がこめられていると私には思われてならない。
歴史小説の読み方―吉川英治から司馬遼太郎まで
PHP研究所 [著] 会田 雄次
ASIN:4569564313 /文庫/213頁
発売日:1988-11
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ --- [2007-11-02 Amache]
5 - 歴史小説をさらに深く読みたい人へ


 多少のバイアスがあっても全体的に「坂の上の雲」は良書のようである。「歴史の機能」を抽出する訓練にあたり、まずは「坂の上の雲」を用いてみるのが良いかもしれない。

残忍な大日本帝国の支配

 過去に作成した下記の記事を多少書き足した。中には上述した「坂の上の雲」からの引用も含まれているものもあるので、興味のある方はご覧頂きたく。

伊吹幹事長と、GHQから占領中に押し付けられた教育基本法
偉大なるコリアのニュース!
コリア人の先祖
コリア人を徴兵した大日本帝国!謝罪しろ!
写真で見る哀れなコリア
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2007年10月14日 (日)

コリア人の先祖

 以前から日本の食糧自給率の低下が懸念されている中で、自ら首を絞めるようなFTA締結には反対である。しかし、自民党は積極的な姿勢を示しているようだ。その黒幕はどうやら経団連のようだ。我々の生活を苦しくさせた小泉構造改革の推進を希望する経団連に、生活をさらにかき乱されるような気がしてならない。

日豪EPA/FTA
 ウィキペディア(Wikipedia)
農業・酪農へ予想される被害


北海道庁の試算によれば、協定が締結されて農産物の関税が撤廃された場合、北海道内の損失が約1兆3700億円に上るとされる。試算として道は主要生産物である牛肉、乳製品、小麦、砂糖の4品目で影響を検討。農家への交付金など新たな財源約4300億円が確保できない場合で試算すると、小麦が852億円、牛肉が422億円の減産となり、関連製品の生産減少などと合わせ1兆円以上の損失が推定され、この結果約8万8000人が失職する。

北海道庁や農業・酪農関係者はこのFTAについて、北海道拓殖銀行の破たんをはるかに上回る経済的打撃であり、道酪農・畑作地域のみならず道内全域の経済の失速・社会の崩壊につながるとして批判を強めている。また、道財政の税収が激減することも予想され、道財政の破綻・再建団体転落の可能性も指摘されている。

経団連の強い影響下にある、新自由主義経済を推進する政府与党である自民党は、締結に積極的な姿勢を示している。但し、自民党内でも北海道選出の国会議員および道議は慎重な姿勢を示している。

 貿易摩擦を避けようとする経団連の考えもわからないわけではないが、それを割り引いたとしても、第二次産業である自分達の製造業のことだけしか考えられない視野の狭さにはガッカリさせられてしまう。第二次産業(輸出型企業)の儲けたお金が緊縮財政によって公共事業などを通して第一次産業などへ間接的に還元されるようなことがなくなり、ひたすら米国債を買い続けている現状において、農産物の輸入関税を引き下げることは、農業を壊滅させることに等しい。以前も述べたが工業国の日本が農業国のオーストラリアと貿易をしたら為替レートの都合上、国内農産物が価格競争で負けるのは目に見えている。これを防ぐのが日露戦争後に、やっとのおもいで取り返した関税自主権であろう。それを、簡単に自ら手放すとは、愚かさにあきれるばかりだ。所詮、民間企業は営利団体なので、自社の利益だけしか考えず、国全体での利益など眼中にない。住民のために都市を作ったことのないクルマ屋主導の経団連に自民党がほんろうされるようじゃこの先たかがしれている。

 また現在のゼロ金利政策も痛い。バブル時代、金利が今よりも遥かに高かった。それでも、金余り現象が起きていた。企業がお金に困っていなくても銀行は、経営者にお金を無理やし押し付けていた時代であった。ゼロ金利政策の現在、金余り現象という言葉を全く耳にしない。お金が借りやすくなっているというのは建て前だけで、実際には、日本人にお金を貸さず、外国人に貸し出す仕組みになっているのではなかろうか。

・ほぼ完成してしまった富の移転システム
 主権在米経済 p94
 細川政権で日米包括経済協議が決裂した問題は村山内閣で修復され、以来10年以上、この国では明けてもくれても「改革、改革」と呼ばれてきたのである。そして、アメリカがあれほど強硬だった貿易問題は、いまや中国とアメリカ問題に変わり、日米の経済的問題は自然に解消していったかのような印象を国民に与えている。そして、多くのエコノミストも、こと経済に関しては日米間に懸案はなくなったような発言をしている。トヨタ自動車がいくらアメリカで車を売ろうと、アメリカは文句1つ言わない。だから、一般の日本人に昔のような反米感情は巻き起こらない。
 しかし、これは問題が解消したのではなく、より一層深刻化しただけなのである。
 アメリカが口を尖がらせて文句を言わないのは、文句を言う理由がなくなったからなのだ。年次改革要望書が、命令に近いものとはいえ、あくまで要望、推奨という表現のまま使われているのは、それで十分だからである。
 何故なら、日本が進めた構造改革で、日本というシステムそのものが、いまやアメリカに「富」を移転させる構造に変わってしまったからである。これは、郵政民営化を持ち出すまでもなく、日本社会のあらゆる面に及んでいる。
 例えば、現在、日米の長期金利の差は、日本がゼロ金利政策を続けてきたため、なんと3%以上もある。ということは、この金利差を利用して、日本で安い円を調達し、これをアメリカに持ち帰って運用すれば、ほぼリスクなしで儲けられる。現在、日本の株価は上昇しているが、これは外資が円で得た資金を日本で逆運用していることも大きいのだ。こうした外資によるキャリートレードは今や日常茶飯事で、日本国民が稼いだお金は際限なく流出している。
 この先、新会社法の施行で、今度はM&Aをし放題になり、さらに現行の郵政民営化で巨額の資金が市場を通してアメリカに流れるのだから、日本の構造はアメリカに富を貢ぐシステムになったといっても過言ではない。

主権在米経済 The Greatest Contributor to U.S. (光文社ペーパーバックス)
光文社 [著] 小林 興起
ASIN:4334933815 /単行本(ソフトカバー)
発売日:2006-05-24
ランキング&評価:---位 4.5
価格:¥ 1,000 [2007-11-02 Amache]
5 - 物事の本質
5 - 小泉純一郎が売国奴であることを証明する書物
5 - マスコミが黙殺した、郵政民営化の真の受益者は米国という声
5 - 郵政民営化と改革という甘い言葉に騙された貴方達へ。
5 - 「国民のために信念を貫く「本当の政治家」による「郵政」徹底抗戦宣言の書」

 どうしても無駄な出費を絞り込まなければならないのならば、緊縮財政の前に米国債購入の見直しをすればいい。そう提案できる気骨のある政治家があまり見受けられないことが一番の問題かもしれない。

亀井静香議員、世相を斬る(その1)
 現政権に「ノー」!!!
 改革には痛みを伴うというけれども、その結果が、せめて財政再建がうまくいっていればいいけれども、総理は国債依存度をことしは減らして編成されました。本当に御苦労だ。ただ、おととしです、去年は、二十兆円、政府の借金がふえているじゃないですか。この六年近くで五百三十兆の借金が八百兆に今なんなんとしよるじゃありませんか。何のためにお年寄りや地方の人は苦しんだんですか。

 改革といったって、郵政民営化が改革への一里塚だ、もうそれだけで、この間は私なんかもバッジをもがれちゃった。まあ余談になるけれども。刺客は送ってきたけれども、総理、あなたに責任があるかないかわからぬけれども、もうちょっとましな刺客を送ってください。女の心は金で買える、天皇制反対と堂々と言った人間を自由民主党は私に刺客として送ってきたんですよ。そんなことはまあどうでもいいけれどもね。いや、よくない、自民党がそこまでなっているということだからね。あなたもあのときは非常に苦しかったと思いますよ。

 しかし、民営化して何がいいことがあったんですか。何にもいいことないじゃないですか。もう明らかでしょう。郵便の遅配が起きる。そして、山の奥のお年寄りは本当に今寂しい思いをしている。経営だって混乱しちゃって、郵貯は減ってきているでしょう、どんどこ。日本に民営化しろと言ったアメリカは国営じゃないですか。こんなことを改革の一里塚だと言って、参議院まで無視をしてやってしまった政治、それを継承するというのは、総理、あなたにふさわしくない。本当にふさわしくない。今、安倍政治がどうも元気がないと言われているのは、これは当たり前なんだ。あなたが本心の政治をしていないから迫力がないんだ。当たり前のことだと私は思いますよ。

 改革バカには、もういい加減うんざりしてきた。暴言かもしれないが、郵政民営化の議論の時から一貫して主張してきたことなのでお許し頂きたい。



 最近の経済の話題が暗いので、かつての満洲や日本の交通インフラと都市を形成させた官主導の業績を再度引用する。

・都市と公共施設を産み出した満鉄
 図説 満鉄―「満洲」の巨人 (ふくろうの本)
○第三セクターの嚆矢(こうし)「満鉄」
 満鉄は、現代人の目から見れば、第三セクターの嚆矢ともいえる。実に不思議な会社で、会社の責任者である総裁(社長)や重役は、官僚出身者であったり、資本の半分は日本政府出資の半官半民会社である。昨今の第三セクターとの違いは、事業の持続性であり、満鉄は1906年の会社創立から、第二次世界大戦における日本の敗戦まで会社が存在し、多種の事業を展開していた。
 それに対して、昨今の第三セクターは、もともと事業の見通しが甘く、それに加えてバブル経済崩壊の影響を受けたため、ほとんどが経営難に陥り、会社が消滅する事態に陥ったものである。満鉄との違いは、昨今の第三セクターの幹部の多くが創造力に乏しい官僚の天下りであることだ。

○赤字続きの付属地経営
 満鉄の営業収支を見ると、鉄道事業では単年度決算で赤字になったことは一度もなく、大幅な黒字を得ている。軌道改築など初期投資に多額の費用を有した操業時期10年間においてさえ、営業収支の黒字が鉄道建設費用をも上回るという状況であり、鉄道会社としては極めて優秀な成績を収めている。
 その一方で、創業以来、毎年、赤字であったのが鉄道付属地経営である。これほど、赤字の連続となれば、純然たる民間企業であれば事業の縮小、あるいは撤退するのが当然であるが、満鉄はそれをしなかった。満鉄が赤字を理由に放棄した事業は、赤字の連続であった船舶行や製鉄業であるが、その赤字額は、鉄道付属地経営よりも格段に少ない。にもかかわらず、満鉄はこれらの事業を放棄したのである。
 ここに満鉄が国策会社といわれる姿を見ることができる。(省略)
図説 満鉄―「満洲」の巨人 (ふくろうの本)
河出書房新社 [著] 西沢 泰彦
ASIN:4309726453 /単行本(ソフトカバー)/135頁
発売日:2000-08
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ 1,890 [2007-10-08 Amache]
5 - 満鉄とは何だったのか?--戦後生まれの建築学者が検証する満鉄
5 - 中国東北地方に残る満鉄の遺産


 FTAや経団連について述べるための準備ができていないので、今回は、北海道つながりということで北国にまつわる風土について述べる。
 北海道やモンゴルあるいは欧州といった北国で多くの馬が飼育されている。日本の本州のような湿潤地域では、茎の太い草が伸び放題で、硬すぎて馬が食べることができない雑草となるが、雨量が少ない北国の場合は、草が柔らかいままで成長が止まるので良い牧草となる。高緯度の北国は馬にとって快適な場所のようだ。
 このことは、西暦1世紀から3世紀ごろにあった洋の東西を結ぶシルクロードよりも、さらに高緯度で、黒海北岸から中国最北短の幽州を結んだ「草原の道」があったことからも伺える。

・一冊でわかるイラストでわかる図解世界史
シルクロード-図解世界史43.JPG
一冊でわかるイラストでわかる図解世界史―地図・イラストを駆使 超ビジュアル100テーマ (SEIBIDO MOOK)
成美堂出版
ASIN:4415103332 /大型本
発売日:2006-08
ランキング&評価:---位 4.5
価格:¥ 1,365 [2007-10-14 Amache]
2 - 偏った歴史本。印象操作。
5 - 日本人が知らねばならない慰安婦問題
5 - 本当に「過去を直視」すべきは朝日新聞
5 - 悪質な多事争論
5 - たしかにたのしい


 「草原の道」を騎馬民族が駆け巡る。この騎馬が、高度な文明を持つことを次の司馬遼太郎氏の書籍からも読み取れる。

・歴史と風土 p189
 遊牧と言うのは列車に例えると始発駅は、黒海の北岸のクリミア地方のようです。古代そこに紀元前8世紀から3世紀までに、大変栄えたのがスキタイという西洋人顔の民族で、彼らが遊牧文明を発明した。これは、馬の乳をしぼり、発酵させて、それでもって渇きと栄養不足を補う。それから、肉はどうするとか、弓矢はどうやって作るとか、フェルトでテントを作るとか、移動式の家を作るとか、セットにして遊牧文明を発明したのは彼らです。最も大きな発明は騎馬でした。直に馬の背中に乗ることを発明したのです。乗るためには服装が必要です。ブーツをはかなければいけない。それから、レインコートのような上着を着ます。下はズボンをはく。これらほぼスキタイが発明しました。それが東へ移っていく。それは、スキタイ人自身が東に行ったのか、情報として伝わったのかは別として、たちまちその辺に錯乱していた狩猟人が参加していく。

 あとは、アジア側というか、モンゴルの顔をした人々も参加していく。それの東の終着駅がモンゴル高原です。そこは、非常な適地であったので、彼らは非常に栄え、紀元前の中国を圧迫しました。そして定住的な農業文明圏である中国は万里の長城を造らざるを得なくなった。
歴史と風土 (文春文庫)
文藝春秋 [著] 司馬 遼太郎
ASIN:4167105756 /文庫/301頁
発売日:1998-10
ランキング&評価:---位
価格:¥ 500 [2007-10-14 Amache]
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 高度な文明を持つ騎馬民族は戦上手でもある。

・坂の上の雲〈1〉
「結局、ジンギス汗さ」と秋山好古と親しかったフランスの老教官はいう。中世ヨーロッパの戦術思想を一遍させたのは、このアジアからやってきた目の釣りあがった侵略者だという。ジンギス汗の軍隊は、そのことごとくが騎兵であった。しかもその騎兵は既に重騎兵と軽騎兵の二種類あった。重騎兵は、四枚がさねの革鎧を身につけ、頭上に長槍をかざし、腰に彎月刀を吊っている。軽騎兵は鎧をつけない。武器は投げ槍と弓である。軽騎兵がまず敵に接し、その二種類の飛び道具で敵を混乱させた後、重騎兵が突撃する。しかもジンギス汗の戦法が画期的であった事は、騎兵を常に密集隊形で使用したことであった。それまでヨーロッパでも戦士は馬に乗っていたが、敵に対してはあくまでも個人単位の格闘用にその乗馬を使った。ときに馬から下りて徒歩戦をしたりした。これが、ジンギス汗の乗ったままの密集戦法の前に手もなくくずれてしまった。
坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
文藝春秋 [著] 司馬 遼太郎
ASIN:4167105764 /文庫/350頁
発売日:1999-01
ランキング&評価:---位 5.0
価格:¥ 620 [2007-11-02 Amache]
5 - 読んで損をすることなし。
4 - 武士道精神を持って明治を生きた人達の心意気を感じる
4 - なぜ日本は戦わなければならなかったのか
5 - 「日本人に読んでほしい歴史書」ランクNo1。近代史の一幕を描く金字塔、最高水準の名作です
5 - 司馬遼太郎の最高傑作

 ジンギス汗のような騎兵は、明治維新直後の日本には存在しなかった。

・坂の上の雲〈1〉
明治初年の日本陸軍は全てフランス式をまねたが、騎兵だけはまねることが困難であった。まず、馬がない。鞍その他の装備にも金がかかりすぎる。などがその理由であったが、何よりも騎兵など必要度が薄い、という観念がこの兵種の拡充を怠慢にしたといえるであろう。「この日本に、騎兵を使うような戦場があるか」と、陸軍の首脳たちはいった。日本は地形が複雑で、平地も水田が多く、騎兵隊の急速な移動が困難であった。「敵が攻めてきても、歩兵と砲兵で足りる」というのである。明治維新政府というのは幕末の尊皇攘夷運動から成立したものであり、外国の侵略を防ぐということに主眼を置き、他国に戦場をもとめるというような思想はなかった。むろん、維新成立の30余年後に、満洲の荒野で世界最大の陸軍国と決戦するというような予想を持った者はたれひとりなく、「騎兵は無用の長物だ」ということが、その発足早々から常に囁かれ続けてきた。

 当時日本にいた馬は、体格の小さい日本馬であり、ジンギス汗のような戦い方ができなかった。そのため、オーストラリアから体格の大きい馬を輸入した。

・坂の上の雲〈1〉
 明治4年、日本陸軍の馬の数は20頭であった。明治16年頃になると1,400-1,500頭で全て日本馬。馬格のとびきり小さなこの日本馬というものは近代戦における騎兵の乗馬たりえないから厳密には一頭もいないに等しかった。それで、この前年(明治15年)、オーストラリアからメスの馬を6頭だけ輸入した。このメス馬6頭をいま青森県、岩手県、宮城県の牧場に放ち、日本馬と交配させることによって雑種ながらも多少馬格の大きい馬を育てようとしている段階であった。

 輸入した馬は緯度の高い東北地方で飼われたようだ。やはり、ある程度冷涼な地域は、牧草が豊富にとれるのであろう。

コリア人の先祖

 さて、お隣の朝鮮では、騎馬民族であった高句麗が、かつて朝鮮半島の大部分を占めていた時代があった。

不毛な地を奪いあう古代朝鮮史から学ぶこと
 こん 2005.12.3


 韓国では、騎馬民族の高句麗がブームのようである。

高句麗象徴する「三足烏」、韓国の代表ブランドに
 中央日報 2006.09.04
「高句麗(コグリョ、B.C.37~A.D.668)」のブームが広がるなか、「三足烏」が浮上している。高句麗を背景にしたドラマから始まった高句麗のブームは、琉璃(ユリ、高句麗の第2代王)王を主人公にしたミュージカルの大ヒットや、朱蒙(ジュモン、高句麗の始祖)と柳花(ユファ、朱蒙の母親)夫人のキャラクターが登場するモバイルゲームなどにつながっている。

その中で最も注目されるのは高句麗の象徴となっている「三足烏」を用いた各商品。LG電子がこの夏制作した「三足烏」文様入りのエアコンは、某マスコミが調べた今年前半の消費者満足度調査で第1位の商品に選ばれた。三足烏を素材にしたアクセサリーを作り、韓流ブームが広がっている地域で売る予定の企業もある。

 強い騎馬民族にあこがれる理由がわからないわけではない。だが、騎馬民族が、韓国人の先祖と思わせるようなことに対して、大日本焼肉文化研究所のMUSASHIさんは、次のように切り込む。

・コリア人の先祖
 大日本焼肉文化研究所
コリア人は偉大な騎馬民族の子孫である!


で、なぜ騎馬民族が稲作をし、船を造って日本に文化を伝えるのでしょうか?


そもそも遊牧という自給自足をする高度な文化の歴史は農耕文化より遙かに歴史が浅いのです。

歴史の長さから言えば

狩猟採集民族 > 農耕民族 > 遊牧民族

こういう流れになります。


遊牧文化は水もない、寒い、木もない不毛の土地でも生き残ることが出来る、高度な文明なのです。



で、何でコリア人は騎馬民族出身なのに日本に文明を伝えたの?

だいたい朝鮮半島ではチェジュ島以外では馬も育たないじゃんpu

朝鮮人と言えば馬に乗らない民族として有名でしたよ。


大爆笑!


ちなみに100年前まで朝鮮は狩猟採集民族でした。

まあ、焼き畑農法をしていたのが救い?

 高句麗は、ツングース族であり、韓国人とは関係ない異民族のようである。つまり、韓国では、朝鮮人を殺した高句麗の異常なブームが起きているということだ。ヨーロッパ人に虐殺されたインディアン達が、ヨーロッパ人ブームを起こせば異常と感じるのと同じように、違和感がある。これが許されるのならば、日韓併合した大和民族に対しても、前向きに接してもらいたい。謝罪と反省が足りないという言葉はいらない。
 また、北朝鮮では、祖先が以下のように伝えられている。

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2007年10月07日 (日)

偉大なるコリアのニュース!

 検索エンジンを使って当サイトに辿り着いた際に、そこで多く用いられたキーワドの一つとして「韓国経済」がある。私自身、韓国経済を分析する理由は、韓国が日本と同じように工業国の割りに鉱物などの資源に乏しく日本のミニチュア版のようなものなので、日本経済を分析する上で参考になるからだ。ただ、笑韓的なウォッチャー魂が無いかというと嘘になる。

 韓国経済を分析する上での切り口のして、骨が折れるので中々思い通りにはいかないが、日韓の比較を政策と実業の2面で実施するように努めたい。これまで政策に関しては、まだ十分とまではいかないが、財政為替の基本的な考え方のスタンスを述べてきた。実業に関しては、韓国経済の柱となるサムソン電子を例に述べてきた

 輸出型のサムソン電子は昨今のウォン高となって厳しい経営状況にあると思われる。業績がわかるまで様子をみたい。今回は、サムソン電子以外の実業、「鉄道」の発展について述べることとする。

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2006年08月31日 (木)

関東大震災の真実! 謝罪しろ!

 9月1日は、防災の日である。1923年9月1日の関東大震災に因んで制定されたとのこと。日本は、昔から地震や台風による被害が多い国であった。それにも挫けず、持ち前の知恵と巧みの技で頑丈で美的感覚の優れた建築物を作り上げてきた。この建築物の中で普段あまり意識されることのない橋について、まず、ご紹介させて頂く。

江戸時代の橋番付
 enjoy Korea
江戸時代の橋番付


 江戸時代,庶民はさまざまなものをランキングして楽しんでいました。相撲では力士の序列を「番付表(banzuke-hyoh)」というリストにしていますが,庶民はこの「番付表」になぞらえた,さまざまなランキングリストを作っています。

20060628115149563821513300.jpg


1791年の相撲番付 日本相撲協会所蔵


 


 今回は江戸時代の日本の有名な橋をランキングした「大日本国 名橋 見立相撲」をもとに,江戸時代の名橋を見てみましょう。この番付は原則として,客観的な数値である橋の長さで大関以下の役を決めています。長さでの序列には載せられない有名な橋は(つまり短かったり,伝説上の橋など),例のごとく行司や勧進元に割り振ってます。

20060701115175270032878400.jpg

「大日本国 名橋 見立相撲(Dai Nihon-koku meikyoh mitate sumoh)」


 


1間は約2m(1.818m)。
掲載されている橋の数は力士の部分で,東西それぞれ62,合計124。
世話方,頭取が合計41,行司が39。総計は204にのぼります。


日本は山がちで多湿,川が多い土地柄です。
さて,どんな橋があったのでしょうか。。。


 





■ 行司(審判)
 1  五十鈴川の橋  
場所: 三重県伊勢市

ise_ujibashi-01-0510.jpg宇治橋 
伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川にかかっていて,
俗界と聖界との掛け橋といわれる。檜製。長さ101.8m,幅8.42m。


 


 2  住吉の橋  場所: 大阪府大阪市
sumiyoshi01.jpg


住吉大社 反橋
住吉の象徴として有名で太鼓橋とも呼ばれる。慶長年間に淀殿が寄進。
かつてはこの橋の近くまで海の波が打ち寄せていた。長さ20m,幅5.8m,高さ4.4m。


 


 3  鞘橋  場所: 香川県琴平町
29.jpg


四国の金毘羅宮にある屋根付きの橋。
屋根は銅葺で唐破風造。かつては参道入口にあったが,現在は移築。
橋全体の形が刀の鞘に似るところから鞘橋といわれ,
橋桁がないところから浮橋とも称される。


 


 4  長崎眼鏡橋  場所: 長崎県長崎市
meganbr1.jpg


この橋の2つのアーチが水面に映って眼鏡のように見えたることから眼鏡橋と呼ばれる。
石造りアーチ橋としては九州最古(1634年)。長さ23m,幅4.6m。


 


 5  八つ橋  場所: 愛知県知立市
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左) 八橋かきつばた園の八つ橋


右) 葛飾北斎「諸国名橋奇覧/三河の八つ橋の古図」



『伊勢物語』(947年頃)の
「唐衣 着つつ慣れにし 妻しあれば 
はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」
の歌で有名な橋。平安時代から知られる杜若の名所であった。
小河川が分流する低湿地帯だったため,このような橋がかけられていたらしい。


 6  通天橋  場所: 京都府京都市
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京都五山・東福寺に現存する。
境内の浅い谷に架かった大きな渡り廊下のような橋。
両側が紅葉の名所として昔から有名。


 





■ 勧進元(主催者)
天の浮橋
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神話の時代,天と地の間に架かっていた橋。
イザナギ,イザナミの夫婦神がこの橋に立って
天の沼矛で海をかき混ぜ引き上げたところ,滴が垂れてできたのが日本列島という話。


 




■ 東の橋
 1
 矢矧橋(Yahagi-bashi) 【東の大関】
     長さ: 200間  場所: 愛知県岡崎市


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矢矧大橋  撮影データ不明



豊臣秀吉が浮浪少年だった頃,この橋の上で蜂須賀小六に出会った伝説の橋。
東海道筋,岡崎宿の近くにあった。
江戸時代に架けられた橋は,日本一の大橋とされた。
またシーボルトが関心を持ち,1826年に江戸参府の途中,
図面を作成するとともに1/25の模型も作らせており,
この模型は現在オランダのライデン国立民族学博物館に現存している。

 


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矢矧橋  シーボルト『Nippon』(1832-51)より 



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現在は架け替え工事中。



 2  掛合橋(Kakeai-bashi) 【東の関脇】
     長さ: 木50間+石45間  場所: 福井県福井市


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左) 古写真  幕末/明治維新頃
右) 現在の橋  正式名・九十九橋。
天正年間に柴田勝家によって架けられた,
北半分に木材,南半分は石材という半木半石の奇橋。
北陸道が足羽川を横切る地点にあった。



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左) 九十九橋詰  「福井江戸往還図屏風」より


右) 福井城にあるミニチュアレプリカ  欄干部分は当時の石材。



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左) 九十九橋の復元模型


右) 瀬戸大橋架橋記念館にあるミニチュアレプリカ。



 3  町屋橋(Machiya-bashi) 【東の小結】
     長さ: 160間  場所: 三重県桑名市


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町屋橋跡
江戸時代,ここは桑名への入口であり,
また町屋川の舟運の舟着場でもあったので大いに賑い,
茶店では街道名物の安永餅(右)を売っていた。



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現在の町屋橋


 


 4  吉田大橋(Yoshida-Oh'hashi) 【東の前頭筆頭】
     長さ: 120間  場所: 愛知県豊橋市


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歌川広重 「東海道五十三次/吉田・豊川橋」保永堂版


 


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豊橋(明治12年に竣工)  明治時代末期



豊橋(吉田大橋)は元々この橋の名で,明治に町名を吉田から豊橋に改称したもの。
東海道の淀ノ橋,京橋,矢矧橋,瀬田大橋とともに幕府直轄の五大橋といわれた。
東海道では岡崎の矢矧大橋に次ぐ長さだった。
松林の向こうに見える城は吉田城。



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現在の豊橋


 


 5  広瀬川橋(Katasegawa-basi) 【東の前頭2枚目】
     長さ: 120間  場所: 宮城県仙台市


番付表には「斤瀬川橋」と書いてあるが,広瀬川橋か?
広瀬川橋は17世紀の初めに西の仙台城大手門と東の仙台城下を結ぶために架けられた。
現在の橋は当時の橋よりわずかに南にある。
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現在の広瀬川橋



(省略)



■ 西の橋
 1  錦帯橋(Kintai-kyoh) 【西の大関】
     長さ: 125間  場所: 山口県岩国市


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左) 歌川広重(二代目)「諸国名所百景/周防岩国錦帯橋」1859年
右) 岩国城から見下ろした錦帯橋


 


錦川に架橋された木造のアーチ橋。
日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており,名勝に指定されている。
初代の橋は1673年に竣工。



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現在の錦帯橋


 


 2  瀬田の唐橋(Seta no karahashi) 【西の関脇】
     長さ: 96間+36間  場所: 滋賀県大津市 
  
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歌川広重「近江八景/瀬田夕照」1834年頃


日本三名橋の一つ。
京都防衛上の重要地であったことから,古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。

壬申の乱,恵美押勝の乱など幾度も戦場となり,破壊と再建を繰り返した。
 藤原秀郷の大ムカデ退治伝説の舞台としても知られている。

現在の位置に橋を移したのは織田信長。江戸時代には東海道もここを通った。



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瀬田の唐橋  詳細不明



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現在の瀬田の唐橋  1979年竣工。全長260m。


 


 3  天神橋(Tenjin-bashi) 【西の小結】     


     長さ: 125間  場所: 大阪府大阪市 
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貞広「浪華風景之内/大川天神橋天満橋」
手前が天神橋。奥は天満橋。右奥には大坂城が見える。



難波三大橋の1つ。
天神橋が架けられたとされるのが豊臣秀吉時代の1594年。
当初は新橋と呼ばれていた。その後,天満天神社が橋の管理をしていたため,
次第に天神橋と呼ばれるようになった。
この橋は上町台地と大阪北部方面を結ぶという点で非常に重要だった。
そのことは,大塩平八郎の乱の時,幕府がすぐさま
難波三大橋(天神橋,天満橋,難波橋)を切り落としたことからも分かる。


 


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天神橋と八軒家  明治時代初期



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現在の天神橋  1935年竣工。


 


 4  淀大橋(Yodo Oh'hashi) 【西の前頭筆頭】
     長さ: 120間  場所: 京都府久御山町 
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淀大橋・孫橋 『拾遺都名所図会』より
右側の大きな橋が淀大橋。
もとは木津川にかかり,新町と美豆を結んでいた。



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現在の淀大橋  現在は宇治川に架かっている。1976年竣工。


 


 5  垂間橋(?) 【西の前頭2枚目】
     長さ: 120間  場所: 福岡県 
  
不明・・・orz


 



(省略)



【付録】 朝鮮の橋
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箭串橋  ソウル特別市城東区 長さ 78 m,幅 6 m。


 


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善竹橋  開城直轄市


 


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水標橋  ソウル特別市 長さ27.5m,幅7.5m。
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もともとの橋は奨忠壇公園に移築されている。


 


朝鮮の川には,橋が架かっていない場合が多かった。


また架かっていても粗悪かつ稚拙であり,
style="BACKGROUND-COLOR: #e5e4e4">交通や物資の流通にかなり支障をきたしていたようです。


 


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川と潜水橋  済州島吾羅一洞 1971年



color=#5c585a>「また、color=#ff0000>橋は土橋が多くまれに石橋がある。板橋は見ない。
小川の橋が壊れている場合は両側の土手をせり出して
そこを人馬とも飛び越して通っている。」
宮本小一外務大丞による紀行文より 1876年


 


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安東 1973年


 


「橋の架かっていない川も多く,
橋の大半は通行部分が木の小枝と芝土だけでできており,
7月はじめの雨で流されてしまう。
そして10月半ばになるまで修復されない。
地方によっては,川にさしかかったら
浅瀬を渡るか渡し舟に乗るかしなければならず,
これには必ず危険と遅れがともなう。
首都に中心をおく《6大道路》ですら,
橋はふつう渡る前にまず馬や人間の重量に耐えられるかどうかを
馬夫が確かめるほど,もろい状態であることが多い。

山間部では,道とはおおかたが渓流の河床に
丸石をばらまいたもの以外の何物でもなく,・・・」
イザベラ・バード『朝鮮紀行』1898年,第10章より


 


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今も昔も,変わらない伝統ですね!!


 


(=´ω`=)y─┛~~



 建設業界の巧みの技のおかげで、多少の規模の災害をものともせず、平和で快適な暮らしができることに、感謝したい。これが、韓国の自重で潰れる橋のように簡単に日本の建築物が崩壊したら、どのようになるのであろうか?

・焼肉は日本料理という結論 定説と、異説のコリア人
 大日本焼肉文化研究所blog
 (前略)
 コリア人の手にかかれば何でも捏造できます。
 嘘を言い、マスコミを脅かせば、嘘でも真実になるのです。
 私たち日本人は嘘、捏造、通名、拉致、覚醒剤、コリア暴力団にNO!
 と、言いましょう!

 阪神大震災もそうです。
 地震で死者が出た?

 NO!

 コリア人自治区の長田区で、震災後、保険をもらうために在日が放火をして、略奪を繰り返したから死者が多かったのです!
 日本の建築物はきちんと造っていれば、阪神大震災ぐらいで倒壊しません。
 東北でも震度が7とかありましたが、死者はゼロでした!

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 上記の表を暗記してください。
 在日が多い都道府県で地震があれば、大量の死者が出ます!
 逆は死者はゼロです!
 ようは、在日の過多で違法建築の数が違うから、地震が起こると被害が出るのです。

 もし死者が多かったのを反省して、これから同じ過ちを繰り返さないつもりなら、日本から在日を追い返すべきです!
 関東大震災、大東亜戦争、1945年以降のコリア人の略奪、放火は阪神大震災でまた繰り返された!
 大阪、京都で震災があれば、必ずコリア人が多い地区で大量の死者が出ます。
 それは馬鹿が放火と、略奪をするからです。
 震災で死者を減らすには、頑丈な建物を造っても無駄です。
 違法建築を作る在日、可燃物を平気で道ばたにおく在日、震災後、保険の受給のため、倒壊した建物に放火する在日、略奪、強姦を繰り返す在日という、震災以上の危険要因を排除するしかないのであります。

 京都、大阪、広島、福岡は在日が多いです。
 もし震災があれば、在日による放火、略奪、レイプが繰り返され、死者が多数出るでしょう。
 日本は悲劇が繰り返されると解っていて、何もしないのでしょうか?
 日本は日本人の利益を守るための国ではないのか?
 犯罪者の利益を守るための日本なのでしょうか?
 私が在日に殺されても仕方がないというのでしょうか?

 すべての矛盾は平和憲法にある。
 平和憲法はチョソや、シナ、欧米人の利益を尊重した憲法である。
 チョソ、シナ、白人が日本人を殺しても良いんだよ、と言う憲法である。

 本来憲法とは、自国民を救うための、最低限の決まり事を決めた物である。
 いい加減にしろ!
 日本政府!
 (後略)

 アメリカのカトリーナによる黒人の暴動を他人事のようにみてはいけないことにお気付き頂けたかと思う。建築物が崩壊するほどの大規模な災害が起きた場合、明日は我が身である。

 さて、関東大震災の話題とさせて頂く。先の阪神大震災の記事と併せて、次の「関東大震災の真実」の記事を読むことで理解が進むであろう。

・関東大震災の真実! 謝罪しろ!
 大日本焼肉文化研究所blog
関東大震災で朝鮮人が殺されたそうです。。。。

可哀想に。。。。

で、なぜ日本人が朝鮮人を殺したのでしょうか?

震災で忙しい時期になぜわざわざ手間な虐殺をするのでしょうか?


答えは簡単です。

殺さなければ朝鮮人に殺されるからです。

日本人の考えでは、地震、火事災害が起きると助け合って、危機を回避します。

が、日本以外の国では地震などの災害が起こると、略奪が始まります。

なぜかって?

だって警察もいないし、軍隊もいないのだから略奪をするのが当たり前じゃないか。

日本人は馬鹿?と外国の人は考えるのです。

で、朝鮮人は関東大震災、その前にも略奪や、井戸に毒を入れる事件を起こしていました。

略奪をしていた人間だけが殺されたのかは知りません。

が、朝鮮人の女性の支社は少なかったでしょう。

差別が目的の虐殺ならば、男女を殺すでしょう。

当然子供も。

なぜ男性が大部分なのでしょうか?

答えは簡単です。

略奪をしたからなのです。

自治権って知っていますか?

震災中に朝鮮人が殺人、放火をしていたらあなたは何もせず、無視をするのですか?

あなたはそんな卑怯者ですか?

当然当時の日本人は捕まえたり、犯罪者と戦ったはずです。

その課程で死亡しても仕方がありません。

警察ではなく、個人が善意で防犯活動をしたのですから。




キーポイント

1.なぜ震災中に虐殺する必要があるのか?
そんな余裕があるのか?
なぜ民間人が手のかかる虐殺をしなければならないのか?

2.殺されたのはなぜ成人男性が多いのか?

3.日本以外では略奪をする方が常識である。そういう常識を知っているか?

4.虐殺したのは誰か?なぜ民間人に朝鮮人は虐殺されたのだろうか?
そして、その虐殺を止めたのはなぜ警察官だったのか?

5.略奪は地震の際はするのは当然という文化がある大陸の朝鮮人は、以前も井戸に毒を入れ、放火して、略奪をして逮捕され、新聞に記事になっていた。

6.イラク戦争でも略奪が行われた板のを参考に考えよう。
あれが、日本以外の常識であり、日本人にとっては非常識である。


自分の頭で考えましょう。


簡単なことです。

関東大震災以前に朝鮮人が日本で略奪をしていました。

そして震災でも朝鮮人が略奪でもしたのではないでしょうか?

日本以外では火事、震災、戦争などのどさくさで略奪するのは常識です。

阪神大震災でも略奪が起こりました。

それを民間人が止めるために暴力をふるったのです。

震災の時点で警察なんか役に立ちません。

自分の身は自分で守るしかないのです。

なぜ日本の民間人がわざわざ朝鮮人の民間人を殺すのですか?

日本の警察や、軍隊が朝鮮人の民間人を殺すのならば、卑劣な虐殺があったと理解できます。

なぜ善良な一般市民である日本人が朝鮮人を捕まえて殺すのでしょうか?

あたりえだが目の前で大震災のどさくさに紛れて、略奪強姦をしている外国人がおり、警察、軍隊がいなければ一般市民がその卑劣な略奪を止めるのが人の道である。

略奪、放火、強姦を見て見ぬふりをする卑怯な日本人などはいない。

日本人は関東大震災の苦難に直面しても略奪、強姦、放火をせずに、卑劣な外国人を捕まえ正義を貫いたのである。


あなた達は目の前で略奪され、放火され、親子が強姦され、警察もおらず、軍隊もいなければどうしますか?

当時の日本人は勇気を持って悪と戦ったのである。

阪神大震災ではその勇気は見られませんでした。
(長田区は外国人が多いエリア)

阪神大震災ではなんとコンビニを略奪する外国人を警察が眺めているシーンが放映されました。

 関東大震災、阪神大震災を振り返ると、地震による自然災害のダメージを受けた後に、人災の二次被害によって更なるダメージを受ける歴史を繰り返してきた。

 有事の際は、自衛隊だけではなく、民間防衛が欠かせないといわれているる。この考え方は、人災の二次被害抑制に適用できるので有効である。
 以前行われた東京都における防災訓練は、自衛隊も動員した大規模なものであった。私は、この訓練を評価する。次のように、考えられる最大の危機として騒擾事件も想定した思慮深いものだからだ。この訓練は、当然、騒擾事件が起きない小さな危機にも対応できる。残す課題は、民間防衛か。

・アメリカではなく日本のシナリオを
 この日本をどうする  [著] 石原 慎太郎
石原 警察庁の統計を見ると、滞日外国人による犯罪は昨年、過去最多の3万4千件超でこの10年で6倍になっている。しかも不法滞在者によるものが全摘発者の6割を占めていて、凶悪犯罪の被害者のうち約68%が日本人という数字が出ている。私の発言が決して根拠のないものでなかったことは、普通の都民、国民ならみんな分かってくれていると信じています。9月3日の総合防災訓練が、自衛隊の治安出動訓練を主目的としたものでないことは先にお話したとおりだけれども、東京都知事としては、やっぱり大震災が起こったときに危惧される騒擾(そうじょう)事件の抑止を念頭に置かなければ、都民に対して責務を果たしたことにならないんですよ。

 地震だけではなく、北朝鮮崩壊による難民流入などを考えると、都知事のリーダシップだけに頼らず、我々国民も、民間防衛について研究し、実現していくことを考える段階になったと考える。

 一方、天災による一次被害のダメージを受けないようにする、あるいは、被災後の早期復旧の実現ためには、建築業界の巧みの技の強化が必要と考える。この点における私の問題意識は、二つある。

 一つ目は、未だに新潟地震の被害で仮設住宅で居住しなければならない人がいる一方で、政府の緊縮財政の公共事業縮小により、仕事がもらえず倒産、自殺していくネジレ現象があることである。建設業者が倒産すると、次に起こるであろう大地震後の復旧作業に遅れをきたすことや、巧みの技の更なる発展にも支障をきたす。また、仮説住宅で不便な生活を送られている方は、疲れがとれず、ご自身が勤める仕事を十分にこなせないかもしれない。

 このネジレ現象を解決する特効薬がある。政府紙幣の活用である。将来に借金を背負い込む国債でもなく、税金でもない、0からお金を生み出す政府貨幣発行特権を発動すればよい。ここで生み出されたお金を新潟の復興に使うことで、建設業者の活性化と被災地の復旧が同時に実現できる。デフレで仕事がなく、人が余った現状においては、インフレ懸念もなく有効であると考える。懸念材料は、不公平と煽るマスコミと、ひがむ国民である。

 二つ目の問題意識は、アメリカの要望を受けた形の建築基準法の改正である。地震や台風の環境の中で磨き上げてきた我々が世界に誇る建設業の基準が、目先の金にしか目がなく対した腕を持たないアメリカと中国のズルさに屈し、改悪されたかたちである。日本の終わりの始まりの一要因と考える。この手の問題は、目に見えない上にダメージのインパクトが大きいので厄介である。朝鮮問題が笑って許せるくらい器の大きさをレベルアップさせたい方は、次の記事を一読願いたい。「Amazonで、1年前から、ずっと買えない異様さ…」とブログなどで知られている『拒否できない日本』がベースとなった記事である。

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改造される日本
 国際派日本人養成講座  H17.12.11
■1.華やかな「タダオ・アンドー現象」の陰で■

 1999年6月、北京の人民大会堂で、国際建築家連盟(UIA)の世界大会が開催された。

 タダオ・アンドー現象は中国でも凄まじいものがあった。いまや日本が誇る世界的建築家、安藤忠雄氏の北京での講演会には中国の若者たちが会場に殺到した。私の左隣に座った北京の清華大学建築学科の学生は中国で出版された安藤氏の作品集を見せてくれたし、右隣のポーランド人の女子学生は、私が日本人だと知るとアンドーへの憧れを興奮気味に語りかけてきた。[1,p14]

 建築学を学んでいた関岡英之氏は、この華やかな表舞台の陰で、ある国際協定が静かに採択されたのを知る。世界各国の建築家の資格制度を国際的に統一するルールである。

 国際的な統一ルールとは言いながら、その中身はほとんどアメリカの制度の焼き直しだった。たとえば、大学の教育年限は5年制で、それも民間の第三者機関などから、その教育内容の認定を受けなければならない。そんな大学も認定機関も日本にはない。

 これは何を意味するか。中国側で建築家の資格制度の国際的な統一ルールづくりをアメリカ側と一緒に担当した張欽楠氏はこう発言している。

 日本の建築家が中国で業務を行う際、日本の建築士資格は中国では通用しない。改めて中国の建築師資格を取得する必要がある。[1,p26]

 中国はすでにアメリカの制度に準じた資格制度を作ってきており、両国の制度はグローバル・スタンダードになった。その結果、日本の建築家だけが、中国市場から除け者にされるのである。

■2.米中結託の思惑■

 この大会の直後、アメリカのサービス産業連合のディーン・オハラ会長は、アメリカ連邦下院議会で、北京での建築家資格制度のグローバル化について、「アメリカの国益にとって重要な勝利である」と証言している。

 3ヶ月後にシアトルでのWTO(世界貿易機関)閣僚会議が予定されており、それに備えてこの議会ではアメリカがサービス貿易分野でどのような交渉をすべきか、議論していた。オハラ会長は、そこでこの意見を表明したのである。

 中国は過去、13年間もWTO加盟を希望してアメリカ政府と交渉をしてきた。アメリカはWTO加盟を餌に、中国にアメリカの建築家資格制度を受け入れさせた上で、それをグローバル・スタンダードとして、中国の建築市場参入を得たのである。

 日本の建設省(現・国土交通省)が、「建設設計資格制度調査会」を設置して、検討を始めたのは、この北京大会から1年以上も経った後であった。

■3.建築基準法改訂への疑問■

 アメリカが「グローバル・スタンダード」の美名のもとに他国のルールを都合の良いように変えて、国益を追求するという手法は、実は日本相手の交渉を通じて習得したものだった。

 関岡氏がこれを発見したきっかけは、阪神大震災の3年後、平成10(1998)年に建築基準法が半世紀ぶりに改正された時だった。建築学科の大学院生として、修士論文のネタを探していた関岡氏は、やはり大震災の被害の大きさが、建築基準の見直しにつながったのだな、と考えて、これをテーマに研究に取り組んだ。しかし、建築基準法改正を検討してきた建築審議会の答申書を読んでみると、どうも様子がおかしい。

 たとえば、従来の建築基準法では工法、材料、寸法などの「仕様規定」を制定していたのを、改正後は、建築物が耐震、耐火など一定の性能を満たせば様々な材料、設備、構造方法を採用できるという「性能規定」に変更された。

 そして、新しい性能規定は、「国民の生命、健康、安全、財産の保護のために必要最低限のものとする」と書かれている箇所で、関岡氏は目を疑った。阪神大震災の悲惨な悲劇を繰り返さないためには、基準の強化こそ必要であるのに、「最低限」とはどうした事か。建築基準法の改定には、もっと別の背景があるのではないか、と関岡氏は疑いだした。

■4.大震災の反省よりも建設市場開放が目的■

 そこで建築審議会の答申書をもう一度、よく読んでみると、改正が必要となった背景として、阪神大震災の教訓とは別に「海外の基準・規格との整合性等を図ること」「我が国の建設市場の国際化を踏まえ、国際調和に配慮した規制体系とすること」が必要である、と書かれている事に気がついた。

 もし、阪神大震災の悲劇を繰り返さない事が改正の目的なら、海外の基準や国際規格との整合性などは二次的な問題のはずである。

 従来の日本の「仕様規定」は、大工さん達の匠(たくみ)の技に支えられた高度で精妙な木造建築の伝統工法を前提にしているため、アメリカの釘を機械的にガンガン打ちつけるだけのツー・バイ・フォー工法などは、受け入れられないものとなっていた。

 これを「性能規定」に変えてしまうことは、外国の工法や建材がどっと日本に入ってくる道を開くことである。また地震の多い日本の建築基準は、海外の規格よりも厳しくなっている。それを「海外の基準・規格との整合性等」を図れば、日本の基準を緩和する、というに等しい。

 この改正は、大震災とは何の関係もないばかりか、むしろそれに逆行して、日本の建築市場を解放する事を目的としているのではないか。

■5.「アメリカの介入を許すようなメカニズム?」■

 どうしてこのような事が行われているのか。関岡氏は調べていくうちに、その答えがアメリカの公文書に堂々と記録されているのを見つけた。

 アメリカ通商代表部が作成した『外国貿易障壁報告書』2000年版には、日本の建築基準法の改正がアメリカ政府の要求に応じてなされたものであると、はっきり書かれている。そして通商代表部は、この改正法が「アメリカの木材供給業者のビジネス・チャンス拡大につながった」と、自画自賛しているのである。

 建築基準法の改正以外でも、賃貸住宅市場の整備を目的とする「定期借家権制度」の導入や、中古住宅市場の活性化を目的とする「住宅性能表示制度」の導入なども、アメリカ政府の要求によって実現したものであると、堂々と公言されている。

 日本国内では、建築基準法の改正や住宅性能表示制度の導入は、大震災の反省や、手抜き工事による欠陥住宅の社会問題化などがきっかけになって、日本政府内で導入が決定されたものと理解されている。

 これらの法改正や制度改革は、日本の消費者のためどころか、日本の住宅産業の為ですらなく、アメリカの木材輸出業者の利益のために、アメリカ政府が日本政府に外圧を与えて実現させたもののようだ。関岡氏は考えた。

 どうしてこのような奇怪なことが起きているのだろうか。日本の法改正や制度改革の決定プロセスには、アメリカの介入を許すようなメカニズムが存在しているのかもしれない。そしてどうやらわたしたち一般の国民は、そのことをきちんと知らされているわけではないらしい。建築基準法の改正を提言した答申書を隅から隅まで読んでみても、アメリカ政府が介在していることなどもちろんひとことも書かれていない。法改正のニュースを伝えた新聞報道でもいっさい触れられていない。当のアメリカ政府自身が公式文書でそのことを堂々と公表しているというのに。[1,p50]

■6.阪神大震災の6年前から出されていたアメリカの要求■

 実は、アメリカ政府の要求は、阪神大震災の6年も前から出されていたのである。1989年5月、アメリカは悪名高い通商法スーパー301条を日本に対して発動した。これは不公正な貿易慣行・障壁を持つ(とアメリカ政府が判断する)国に対し,アメリカ通商代表部が交渉しても改められない場合には報復措置をとるという法律である。

 この時に標的とされた3品目が、スーパーコンピュータ、人工衛星、そして木材すなわち建築材料だった。木材についてアメリカは、日本の建築基準法や製品規格などがアメリカ製木材の輸入を妨害していると非難した。この時、日本政府は、建築基準法は度重なる災害の教訓から、日本の周密な国土の状況に即して定められているのだから、緩和する意思はないと抵抗したが、アメリカは一方的な制裁をほのめかせて、圧力をかけ続けた。

 その結果、1990年に、ついに日本政府は折れて、「建築基準は原則として性能規定とすることが好ましい」という書簡を、村田駐米大使の名前で、アメリカ通商代表部に出している。

 建築基準法改正は、阪神大震災の5年前に日米で合意していたのである。その合意に従って、阪神大震災後のどさくさに乗じて、建築審議会の答申書が作られ、建築基準法が改正されたというわけである。

■7.「叫ぶのはやめて、ルールを変えよう」■

 アメリカは1970年代のニクソン政権の頃から、対日貿易赤字の原因は日本側にあると非難してきた。そして繊維、自動車、半導体、牛肉、オレンジなど、次々と個別分野をターゲットに、二国間交渉を通じて圧力をかけ続けた。

 その過程でアメリカは日本の「閉鎖的」な市場や、民間の「不公正」な取引慣行に目を向け、ついには欧米とは異質な日本独特の価値観や思考・行動様式そのものを問題視する「日本異質論」が台頭するまでになった。

 1987年の対日貿易戦略基礎理論編集委員会によってまとめられた「菊と刀~貿易戦争編」というレポートでは、「外圧によって日本の思考・行動様式そのものを変形あるいは破壊することが、日米双方のためであり、日本がアメリカと同じルールを覚えるまでそれを続けるほかはない」と断定している。

 このレポートの著者の一人と推測されているジェームズ・ファローズは『日本封じ込め』という著書の中で、「叫ぶのはやめて、ルールを変えよう」という有名なセリフを吐いた。日本に対して、経済制裁を振り回して、あからさまな市場開放を叫ぶのではなく、静かに日本の市場や規制などのルールを変えさせていこう、という方向転換である。

■8.日本の「改革」はアメリカの要求を忠実に反映■

 1989年からはブッシュ大統領(現在のブッシュ大統領の父親)の提案で「日米構造協議」が始まった。この名称自体が、その内容を目隠しする苦心の訳であり、英語では「StructuralImpediments Initiative」と言う。日本の「構造障壁」を取り除くためのアメリカの「イニシアティブ(発議)」という意味である。

 ここでアメリカは「系列」や「談合」などという日本独自の商習慣が外国企業を差別する「障壁」であるとして撤廃を要求したり、日本の「不合理」な流通システムに関して規制緩和を求めたりした。

 1993年7月のクリントン大統領と宮沢首相の会談では、双方から『年次改革要望書』が毎年、出される事が決まった。「双方から」というのはあくまで形式で、実質はアメリカ側から、農業、自動車、建築材料など個別分野での市場参入問題や、市場構造的問題の是正を日本に迫るための要望リストである。

 この『要望書』には、5つの優先分野が指定されており、通信、金融、医療機器・医薬品、エネルギーと並んで、住宅分野があった。しかし、住宅分野は2001年以降の『要望書』からは姿を消した。建築基準法改正、住宅性能表示、定期借家権制度と建築分野の一連の規制改革が2000年までに完了して、アメリカの要求はすべて実現された、という訳である。

 アメリカの通商代表部は、毎年秋に『年次改革要望書』を日本に送りつけ、要求がきちんと実行されているかの進捗報告が、毎年3月に連邦議会に提出される『外国貿易障壁報告書』の中でなされる。日本政府は、毎年、「目標管理」をされているのである。

 過去十年間、日本で進められてきた「改革」のかなりの部分が、日本政府への米国政府の『年次改革要望書』の要求を忠実に反映したものだ。今年国会で成立した新会社法しかり、改正独禁法しかり。そして郵政民営化法もまたしかりである。その歴然たる従属ぶりは、「恒常化された内政干渉」とでも表現するほかはない、主権国家として尋常ならざるものだ。[2]

■9.「恒常化された内政干渉」の歴史■

 アメリカの「恒常化された内政干渉」は、今に始まった事ではない。幕末に黒船を送り込み、武力恫喝の下に、国際貿易というグローバル・スタンダードを押しつけた時から始まっている。[c]

 日本が必死の努力で国際貿易でも成功を収めると、アメリカは経済のブロック化を進め、一方では中国に対する「門戸開放」を叫んで日本を追いつめた[d]。そして大東亜戦争に勝利すると、今度は日本の「軍国主義」を変えるべく、憲法を変えさせ、「民主主義」を押しつけた。

 戦後、日本が高度成長を果たした所で、今回述べた『改革要望書』で「ルールを変えさせる」。スタイルは隠微となったが、「恒常化された内政干渉」はこの150年間続いてきたのである。「国際貿易」「門戸開放」「民主主義」「グローバル・スタンダード」などとその時々の大義名分を掲げながら、その陰で自国の国益を冷徹に追求するのが、アメリカの外交スタイルであると言って良い。

 それを「内政干渉」と怒ってみても始まらないのは、中国のより露骨な国益追求外交と同じ事である。国際社会とは、各国の国益追求と他国への内政干渉とが渦巻いている場である。それを十分に認識しながら、その中でいかに日本の国益を追求していくか、そこに知恵を絞っていかなければならない。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(084) 気がつけば不沈空母
 国民の知らないうちに、国内の米軍基地は、米国国際戦略の拠点となっている。
b. JOG(078) 戦略なきマネー敗戦
 日本のバブルはアメリカの貿易赤字補填・ドル防衛から起きた。
c. JOG(149) 黒船と白旗
 ペリーの黒船から手渡された白旗は、弱肉強食の近代世界システムへの屈服を要求していた。
d. JOG(219) アメリカの反省
 日本の本当の罪は、西洋文明の教えを守らなかったことではなく、よく守ったことなのだ。

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
1. 関岡英之『拒否できない日本』★★、文春新書、
2. 関岡英之『奪われる日本』★★、「文藝春秋」、H17.12

 アメリカの称するグローバルスタンダードというものは、カナダやメキシコなどで自分らが都合の良いように2国間で規則を作った後に、それを盾に、欧州や日本に厚かましく押し付けてくる。オリンピックで日本勢が活躍すると規則を変更してくるそれと同じように、グローバルスタンダードの多くは我が国にとって不利な規則である。これを是正するためには、国益を重視する官僚の活躍が必要である。国民および産業を守るために是非頑張って頂きたい。特に、「外国株対価の合併」を許す新会社法の見直しを願いたい。

・「外国株対価の合併」を一年凍結させたホリエモンの「功績」 関岡
 国富消尽―対米隷従の果てに  [著] 吉川 元忠, [著] 関岡 英之
(前略)
 これまで日本には「会社法」という法律はなく、会社制度に関する法規は商法や有限会社法などのなかに分散していましたが、それらを纏めてひとつの新しい会社法をつくる検討作業が法務省で進めれられてきたわけですね。法務大臣の諮問機関である法制審議会の会社法部会の「会社法制の現代化」プロジェクトが、それです。その目玉として位置付けられたのが、「外国株対価の合併」、いわゆる「株式交換による三角合併」の解禁だったのです。これは米国などではすでに広く行われているもので、大企業を買収する際にも巨額の資金が必要ないので、とくに大型合併において主流の手法となっています。
 外国株を使った株式交換による三角合併が日本で解禁されたらどうなるかというと、外国企業は多額の買収資金を銀行から借り入れることなく、自社株を使ってたやすく日本企業を傘下に収めることができるようになります。
日本の名だたる大企業といえども、米国の巨大企業の時価総額と比べると、規模の点では弱小零細企業に等しい比較劣位にあるのが現状ですから、防衛策もないままにこれが解禁されると、メガバンクやトヨタなどでさえ、ひとたまりもないでしょう。軒並み米国企業に完全子会社化されてしまうのは目に見えている。いわば「外資による日本企業の乗っ取り」を解禁するようなものです。
(後略)

 アメリカの企業は技術力がないくせに実力以上に時価総額が高い。アメリカの貿易赤字が解消できない理由は、アメリカ企業が技術力がないので国際競争で敗れた結果である。それにもかかわらず時価総額が高い理由は、日本におけるバブルで金余り現象が生じて資金が土地に流れて地価が高騰した原理と同じで、年間30兆円もの米国債請購入などを通して日本の資金がアメリカの株式市場に流れているためである(参考:円の支配者)。また、日米の金利差により、ジャパンマネーがアメリカに流れている。第一次世界大戦前後を境にして世界の基軸通貨がポンドから米ドルに変わった原因が、英米の金利差(米国が高金利)といわれているので、聞きなれないこの金利差の影響は想像以上に大きい。不況で苦しむ国内の経営者にお金が流れずに、海外に流れる皮肉なものである。
 新会社法とは、このようにアメリカの敗戦企業がジャパンマネーで水ぶくれになった本来価値のない自社株で、日本の企業を買い占めるのを許すことである。日本の終わりの始まりの要因の一つであるので、可及的速やかに新会社法の再検討を願う。

 貿易赤字を垂れ流し、消費立国と強弁することが許されるのは、基軸通貨国のアメリカだけである。この技術を失ったアメリカの後追いの結末は、慈善事業の仮面をしたIMFによる植民地化である。これを避けるには、アメリカの後追いを見直し、先人たちが実現してきた技術立国の功績から真理を学ぶことへの舵の切りかえしが求められる。話が防災の日から飛躍しすぎてしまったので、この辺でおしまいとする。

【関連記事】
・(H18.5.4)世界で一番高いビルを作り上げたコリア
・(H18.7.15)阪神・淡路大震災にみる日本の危機管理レベル

【参考書籍】
国富消尽―対米隷従の果てに
PHP研究所 [著] 吉川 元忠, [著] 関岡 英之
ASIN:4569644686 /単行本/299頁
発売日:2005-12
ランキング&評価:---位 4.5
価格:¥ 1,575 [2006-08-27 Amache]
5 - 小泉政権による日本の叩き売りを告発した本
5 - 日本の怨敵は“ Jew York ”に在り。
4 - もう少し検証を・・・では遅いか?
5 - 「国富防衛」「対米自尊」の啓蒙書
4 - アメリカ資本による日本のっとり策

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる
文藝春秋 [著] 関岡 英之
ASIN:4166603760 /新書/229頁
発売日:2004-04-21
ランキング&評価:---位 4.5
価格:¥ 735 [2006-08-26 Amache]
4 - 既にお読みになられた方へ。
1 - 既にお読みになられた方へ。
5 - 全く色褪せていない
5 - 日本民族の精神構造を破壊
3 - 国民のレベルが低いことが原因

YENは日本人を幸せにするか
日本放送出版協会 [著] 吉川 元忠
ASIN:4140803517 /単行本/254頁
発売日:1997-12
ランキング&評価:---位
価格:¥ --- [2006-08-27 Amache]
No User Review

円の支配者 - 誰が日本経済を崩壊させたのか
草思社 [著] リチャード A ヴェルナー
ASIN:4794210574 /単行本/382頁
発売日:2001-05-08
ランキング&評価:---位 4.0
価格:¥ 2,100 [2006-08-27 Amache]
4 - 本当なのかなあ?
5 - 投資家、金融関係者の必読書!
4 - すごいんだけど、予言が外れてるのよね
1 - 陰謀のセオリー 過大評価の落とし穴
4 - 日銀の目的とは何か、国民に対して責任のある行為をしているのか!

この日本をどうする―再生のための10の対話
文藝春秋 [著] 石原 慎太郎
ASIN:4167128071 /文庫/257頁
発売日:2003-05
ランキング&評価:---位 4.0
価格:¥ 490 [2006-08-26 Amache]
4 - 一度、読んでもいいでしょう。
4 - 石原否定派の人にも読んで欲しい。


世界に学べ!日本の有事法制―「普通の国」になるために
芙蓉書房出版 [著] 郷田 豊
ASIN:4829503238 /単行本/345頁
発売日:2002-10
ランキング&評価:---位
価格:¥ 2,100 [2006-08-26 Amache]
No User Review

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