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2008年10月19日 (日)

第二の女系天皇問題

 「皇后さまと子どもたち写真展」に関する話題のテレビを観た。諸外国の子供達と交流されるお姿を見て心が洗われる気持ちになった。

皇后さま:古希記念の写真展開幕 初公開の家族ショットも
 毎日新聞 2008年10月15日
開幕した「皇后さまと子どもたち写真展」を鑑賞する来場者たち=東京都中央区の日本橋高島屋で2008年10月15日午前10時26分、山本晋撮影 皇后さまの古希を記念した写真展「皇后さまと子どもたち」(毎日新聞社主催、特別協力=宮内庁)が15日、東京都中央区の日本橋高島屋で始まった。この写真展は皇太子さまら天皇、皇后両陛下のお子様らが企画、準備したもので、国内外の子供と笑顔で触れ合う皇后さまの様子などを写したもののほか、両陛下が撮影した初公開の家族のショットも含め約100点が展示されている。また、「着袴の儀」などお子様やお孫様方の成長の折々にしつらえられたボンボニエール(小さな菓子入れ)や檜兜(ひのきかぶと)などの小道具や御料牧場の羊の毛で皇后さま自らが織ったウール布の子供用スーツなど約30点のゆかりの品々も合わせて紹介している。

 両陛下の身近にいる人たちから聞いた秘話も載せた同庁侍従職監修の写真集も会場で発売されている。午前10時の開場と同時に訪れた世田谷区の主婦(60)は、「美智子さまが好きで見に来ました。ご公務を優先する皇后さまの姿勢が写真の並べ方にもにじみでています」と感想を語っていた。同展は27日まで、無料。

 同時に、この間あるサイトで衝撃を受けたことを思い出した。

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2006年07月23日 (日)

天皇さまが泣いてござった

 奇妙な富田メモが世間を騒がしているようである。

昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀
 朝日新聞 2006年07月20日11時12分
TKY200607200197.jpg 昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。
(省略)

 この報道を聞いたときに、「自分たちで勝手に天皇の心情を察して、天皇のためになることなら何をしてもいいという解釈をし、クーデターを起こした皇道派による2.26事件」を思い出した。

・開戦に至るまでのターニングポイント
 あの戦争は、何だったのか
1.発言せざる天皇が怒った「2.26事件」

「大善」をなした青年将校たち

 昭和10年前後、天皇親政を唱える軍人たちの間で使われた言葉があった。「大善」、「小善」という二つの言葉である。

 天皇に忠を尽くす際には、「大善」と「小善」、二種類の行動の取り方があるというのだ。「小善」は、軍人勅諭に書かれてある通り忠実に天皇に仕えること。そして、「大善」とは、「陛下のお御心(おおみこころ))に沿って、”一歩前に出て”お仕えすること」。彼らにとってもちろん「大善」の方が優位であると考えられていた。しかし、それは裏を返せば、自分たちで勝手に天皇の心情を察して、天皇のためになることなら何をしてもいいという解釈になる。たとえ、天皇の大権に叛くことでも、大きな意味で「大御心に沿っている」のなら、それも許されるとした。

 「2.26」での青年将校達の決起は、彼らにしてみれば、まさに大善となる行動であった。

 さて、「2.26」を語るには、この頃の軍内にあった二つの派閥について押さえておかなければならないだろう。二つの派閥とは、天皇親政を急進的に望む「皇道派」と、もう一つは「統制派」である。

 「統制派」は、日本の喫緊の問題は国家総力戦に見合う高度国防体制を作り上げることであり、それには合法的に軍部が権力を手に入れ、国家総動員体制、"統制"経済体制にしなければならぬ、という考え方を持つ者たちであった。
 
 統制派の者たちは陸軍上層部に多く、非合法活動を徹底的に排除した。対ソ戦よりもむしろ中国制圧に比重を置く実利的な考え方を持っていた。代表的な人物として教育総監の渡辺錠太郎、陸軍省軍務局長の永田鉄山などがあげられよう。

 それに対して皇道派は、陸軍士官学校を卒業したばかりの原隊付き勤務にあった青年将校、20代半ばから30代の血気盛んな若者が多かった。今の腐敗した日本は天皇の意に沿う国家ではない」と、理想的な国家を作るためには非合法活動も辞さない、「大善」を信奉する者たちであった。元陸相の荒木貞夫、元参謀次長の真崎甚三郎らがリーダとなり、青年将校たちを焚きつけていた。天皇制打倒を説く共産主義国家のソ連を目下の敵とした。

 (省略)人事をめぐって反目は次第に激しく、感情的になっていく。
 
 そして昭和10年8月、ついに事件は起こった。真崎が統制派の陸軍幹部による人事で要職から外されることをきっかけに、皇道派将校たちの怒りが頂点に達した。怒った将校の一人、相沢三郎中佐が、白昼堂々と陸軍省軍務局長室に乗り込み、軍刀で永田鉄山を斬殺したのである。
 
 この相沢の行動が呼び水となり、一気に他の皇道派将校にも火をつけた。(省略)およそ1500人によるクーデターへとなっていったのである。
 
 (省略)本書で押さえておきたいのは、「事件」後の影響力である。

 内務大臣秘書官長の木戸幸一による『木戸幸一日記』には、「事件」時の天皇の発言として、こう書かれている。
 
 「今回のことは精神の如何を問はず甚だ不本意なり」と。

 天皇は、気丈にも「断固、討伐」を言い続けたわけだが、肉体的恐怖は想像を絶していたと思う。

 なぜなら岡田啓介首相以下、6人の要人たちが狙われ、その内、内大臣の斉藤実は47ヶ所も拳銃や機関銃を撃ち込まれている。高橋是清蔵相は撃たれた上に左腕を切られた。教育総監の渡辺錠太郎は婦人の前で惨殺され、という具合に、「天皇親政」の大善を理由にして、3人が虐殺された。3人とも機関銃で銃殺された後、滅多切りにされ、肉片が飛び散っていたという。それは酷い光景だった。
 
 そして以後、「2.26」によって刻みつけられた"テロの恐怖"はあらゆる場面、至る所で影響力を及ぼしていくことになる。

 (省略)テロの恐怖が広がったのをいいことに、軍はそれを巧みに利用していく。「軍のいうことを聞かなければ、強硬発動するぞ・・・」と暗に仄めかすのだ。
 
 そうすると政治家たちはみな近衛のように腰が引けてしまい、軍に対して何も言えなくなってしまう。

 昭和7年の血盟団事件に端を発する恐怖の連鎖の極点としての「2.26」、それは日本が開戦に至るまでの一つの大きなターニングポイントとなった。

 2.26事件では、「天皇のそばにいて国民の思いを曲げて伝えるものを討つ」といって決起した陸軍の青年将校が、逆に、天皇陛下から、「断固、青年将校を討伐せよ」と強い意思表示をされた。結局、決起した青年将校が討伐しようとした相手は、天皇陛下にとっては最も頼りとする臣であったのだ。

 マスコミの報道や、本日のサンデープロジェクトでの加藤紘一議員の発言は、青年将校のそれと同じように思えた。
 
 2.26事件後は、青年将校を討伐した東条英機が評価され、栄達していく。そして、アメリカとの戦争に反対する国際感覚に優れていたアメリカの駐在武官の山内正文、磯田三郎、ロンドン駐在武官の辰巳栄一などは、東条に煙たがられ中枢から外されていった。ここで、東条の罪は、戦争で負けたことであり、本当の罪は、赤化するロシアの脅威を警戒する日本に対して理解を示さず、むしろ日本に対して敵対視するアメリカだったことも付け加えておく。

 また、「断固、青年将校を討伐せよ」と発言された天皇陛下は、まるで自らが意思表示することの意味の大きさを思い知り、それを恐れるかのように、その後、一切語らぬ存在となったのである。天皇陛下は、日米開戦に反対であったと思われるが、そうした意向も開戦が決まるまで表に出すことはなかったようだ。

 ご自身の発言の重さ感じられているというお姿は、マッカーサーとの会談のお話からでも察することができる。

・序文「発刊をねがう」 元掌典長 永積寅彦
 天皇さまが泣いてござった
戦争犯罪人容疑者として逮捕連行された方々が、最初は横浜刑務所にいらっしゃったようですが、やがて大森の刑務所にお移りになられて、11月になって巣鴨の刑務所にお移りになられて、まなしの日でした。

 先帝が「木戸は可哀想なことをした。刑務所の中でさぞつらい生活をしているだろうなあ」と申されたので、私は何か胸の中が一杯になるような気がしました。そのとき「先日マッカーサー元帥とお会いなされたときは如何でございましたでしょうか」と申し上げてみますと、先帝はただ黙ってお返事はございませんでした。これはあとで伺ったところですが、先帝はマッカーサー元帥との会談の内容を絶対に洩らさないというお約束をマッカーサー元帥となさっていらっしゃったそうです。そして、このことは先帝御在世中は、最後までこの約束を守り通していらっしゃるのでございます。

 このように陛下が普段の生活からご自身の発言に気を使われているのに、富田メモなるものが簡単に流出されるということは、正常ではないと考える。

 ちなみに、2.26事件以後、発言されなかった陛下が再び発言されたのは、ポツダム宣言を受諾するか拒否するかでもめていたときである。
 
・序文「発刊をねがう」 元掌典長 永積寅彦
 天皇さまが泣いてござった
 ポツダム宣言を受諾か拒否かということについての御前会議のとき、きびしいお言葉を申されたことは、既にご承知と思いますが、先帝が「これ以上、無辜の人達の命が失われるようなことがあってはならない」と申されたお言葉が日本に終戦をもたらしたのですが、この先帝のお心はずーと以前からお持ちであったのです。

 さて、陛下のお心のあたたかさをあらわすエピソードをご紹介させて頂く。
 
・序文「発刊にあたり」 元侍従長 入江相政
 天皇さまが泣いてござった
 それは昭和6年のことでした。熊本で大演習があり、陛下はこの大演習におのぞみになられました。演習が済んでから、鹿児島から軍艦榛名(はるな)にお召しになられて、海路を東京へ向かわれたのです。
 
 鹿児島でご乗艦され、鹿児島湾をずーと南へすすまれたのですが、御召艦榛名が鹿児島湾の出口を過ぎて外海にかかろうとする頃には、すでにあたりは夜になっておりました。

 とその時、10キロ以上も離れた薩摩半島が暗闇の中にかすかに見えてきました。

 ところが何とその鹿児島半島には沿岸一帯に篝火(かがりび)があかあかと焚かれているのです。
 
 そしてその篝火の周囲一帯に提灯(ちょうちん)が驚くほど沢山灯されて、その提灯が懸命に打ち振られているのです。
 
 更に山の上にも若人達でしょう、海岸の篝火よりもっと火勢の強い篝火を焚いているのです。
 
 その多くの人達が真心をこめて、陛下を見送るために計画した行為が、静かな海面に写し出されて、それはまるで絵のような美しい光景でした。

 この想像もしなかったお見送りに御召艦榛名の乗組員の人達までが、甲板で鈴なりになるようにこの薩摩半島の光景に見とれたものでした。
 
 しかし、御召艦がだんだんすすみ、提灯も灯も遥か遠くになってまいりますと、鈴なりになっておった人達も一人去り、二人去りして、しばらくするとすっかり人影はなくなりました。

 御召艦は殆ど外海に出かかっております。あたりは静粛の闇に包まれてきたのです。

 甲板には誰一人いないと思われました。ところがそのときになって木下侍従が陛下のお姿が見えないことに気付いたのです。
 
 慣れない軍艦の中を探しても探しても陛下の姿は見あたりません。
 
 とうとう最後に甲板に出てみると、誰もいないと思っていた甲板に一人だけの人影があるんです。
 
 はっと思って近付いてみると、陛下なんです。あたりは真暗です。

 木下侍従長がはっとして薩摩半島の方を見ると、遠く離れてはいるけれど、まだ篝火が焚かれています。
 
 そして無数の提灯が打ち振られているのです。
 
 勿論薩摩半島からは、真暗な海の上にある榛名の姿は見える筈はないんです。
 
 でも集まった多くの方々は、あそこに天皇陛下が乗っていらっしゃる御召艦がある、その御召艦の天皇陛下に心から「ばんざい」と叫ばずにはいられない、提灯を振らずにはいられないという気持ちで、多くの方々が見送っているのです。
 
 勿論薩摩半島からは見えないけれど、こうした多くの方々は自分の気持ちを精一杯打ち振る提灯にこめて現さずにはおられないということであったと思うのです。

 ところがそうした中で、陛下はどうしていられるかと木下侍従長が見ますと、何と陛下は直立不動の姿勢で挙手の礼をしていらっしゃるのです。
 
 薩摩半島から御召艦榛名は見えなくても、集まった方々は天皇陛下に対して篝火を焚き、提灯を振り、天皇陛下ばんざいを叫ばずにはいられなかったのです。
 
 それに対して陛下は御召艦榛名の甲板上で、ただお一人直立不動で挙手の礼をされていたのは、この薩摩半島の方々の真心をもっての行いに、真心をもってお応えになったということであったのです。
 
 このことは深い感銘を木下侍従に与えました。木下侍従は感銘の中からこのことを書き残さずにはいられなかったのです。(省略)

 このような心優しい陛下が、ポツダム宣言受諾後に、マッカーサーによって不合法に戦争戦犯と称して摘発されたときには、さぞ、お心を痛めたに違いない。

・序文「発刊をねがう」 元掌典長 永積寅彦
 天皇さまが泣いてござった
 もしかしたら明日先帝は命をかけていられるのではないかというようなことをふっと思ったのでございます。

 と申しますのも、あおの当時ポツダム宣言の受諾、そしてマッカーサーを上に頂いた連合軍が日本に進駐してまいりまして、一番に手をつけたのが戦争犯罪人の摘発ということであったのです。
 
 それは先帝の御意を踏み躙って戦争を遂行した方々も多かったのですが、国と国との戦いで、戦勝国が敗戦国を裁くといったことはまことに不合理のことのように思われました。
 
 私も国際法というものは卿か存じおるものですが、この戦勝国と敗戦国との間にも、国際法に則って戦争の終結をはかるべきであったのに、マッカーサーというお方はこうした国家として守るべき法律というものをご存知なかったように思われるのです。

 
 マッカーサーというよりアメリカという国が歴史の浅い国だから、こうしたことをご存知なかったのかもしれません。

 本日、東条のお孫さんが、陛下がご家族に対してもお気遣いされていた旨の内容が、サンデープロジェクトにて放送されていた。

 それらを勘案すると、戦争で亡くなられた多くの方々を思うとひどくお心を痛めていたに違いない。晩年の陛下が、体調が芳しくないにも関わらず、8月15日の全国戦没者追悼式に、ヘリコプターを乗り継がれて九段までお出向きになられているお姿からも察することができる。

昭和天皇お誕生日祝宴での異変
 Let's Blow! 毒吐き@てっく
富田メモの翌日の話ね
4月28日と聞いて天皇誕生日の前日だとすぐに思った

昭和62年4月29日、昭和天皇の86歳のお誕生日をお祝いする、「祝賀の儀」の後、「宴会の儀」が宮殿の大食堂豊明殿で行われた。この宴会の最中に天皇陛下が戻されたのだ。このときは、そばに着席されていた美智子様たちがすぐ気づかれ、侍従にお伝えになり、急いで陛下を宮殿内の控え室にお運びした。

稲尾さんの「昭和天皇の魅力」より抜粋

陛下はガンだった

この年の夏の那須御用邸でのご会見が、陛下の最後のご会見となった
陛下は青ざめたご表情で、無理に笑顔を作られようとされるが、ひきつったようになられたままだった

帰京されてからわずか5日後の9月11日には黄疸症状が見られ、2週間ほどあとの19日には最初の大量吐血をされ、崩御までの111日間の長い闘病生活に入られた

この最後の那須御用邸でのご生活の途中で、8月15日の全国戦没者追悼式に、ヘリコプターを乗り継がれて九段までお出向きになっている
ガンに侵されて、大変お辛い中でも、責任感の強い陛下は病をおして揺れの強いヘリコプターを利用されてまで、戦没者の追悼にご臨席になった

同じ年の9月に腸のバイパス手術(十二指腸空腸吻合術)を行われ、翌年1月7日、午前6時30分、皇后陛下、皇太子同妃両殿下はじめ皇族各殿下、ご近親の方々が見守られる中、昭和天皇は崩御された

 御年87歳であらせられた

 以上、「メモが簡単に流出したこと」「陛下のお心の優しさ」などから推測すると、合祀云々に関わらず靖国神社にも参拝されたかったと考えるのが妥当であり、「富田メモ」の信憑性に疑問が残る。そもそも、靖国神社に陛下が参拝できないように中国を巻き込んで問題を大きくしたのは、マスコミだったのではなかろうか。

 とりあえず、マスコミの報道を信用していなかったのだが、せっかくなので根拠を述べてみた。

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【追記7/24】
 宣戦布告しなかった真珠湾攻撃が、ハーグ陸戦条約に違反し、卑怯だというアメリカは、ハーグ陸戦条約の第四十三条で禁止されている被占領国の基本法(憲法や教育基本法)を変えてきた。

 また、国際法に則って戦争の終結をはかるべきであったのに、極東国際軍事裁判(東京裁判)にて、国際法違反の事後法などで勝手な理屈で罪を負わせてきた。陛下のお人柄を考慮すると、さぞ悔しかったに違いない。

極東国際軍事裁判(東京裁判) フラッシュ音声有り

 このアメリカの罪も大きいが、押し付け憲法などを本来の姿に戻すことなく、ありがたく守ろうとする国民の罪はもっと大きいと思う。たかだか靖国参拝程度が問題になり、本丸である憲法や教育などを有るべき姿に戻す作業までには辿りつかない。この国の行く末を危惧する。

 ところで、富田メモ中の発言者が明らかになったようだ。

日経バレちゃったね!(天皇発言は実は藤尾文相発言なの?)
 この国は少し変だ!よ~めんのブログ
メモの本当の全文

 前にもあったが どうしたのだろう
 中曽根の靖国参拝もあったが
 藤尾(文相)の発言。
 =奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。
 私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが松平の子の今の宮司がどう考えたのか
 易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。

ここまで
>>>>>>>>

はい、そうです、
中曽根総理大臣の靖国参拝を中止したことが話題になっていた当時の、藤尾元文相の発言です。昭和天皇の発言ではありません。

 「今回のメモが、昭和天皇が合祀に関して不快感を抱いていたことを裏付ける決定打である」と威勢良くサンデープロジェクトで述べていた加藤紘一議員は、どのような言い訳をするのだろうか。この問題の類例として、次の意見があるようだ。

「A級戦犯合祀不快発言」という情報戦を仕掛けているのは、誰か?
 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』
小泉官邸は情報工作の達人です。

全ての新聞テレビは小泉官邸の味方です。

前原永田のメール問題を思い出してください。

冷静に状況を判断しなければまた「小泉官邸マスゴミ」に一杯食わされます。

冷静に対処するのが懸命だと私は思うのですが…

 いずれにせよ、利権に左右されるマスコミの発言を愚直に信じると正しい判断ができず、失敗することがわかった。

【関連記事】
・(H17.07.05)我々が東京裁判の不当な扱いを払拭しなければ戦後は終わらない
・(H18.06.11)マスコミで今も続くGHQの検閲の仕掛け
・(H18.07.17)国益を蔑ろにし、敵対国家朝鮮の意向を垂れ流すマスコミ


【参考書籍】
天皇さまが泣いてござった [著]しらべ かんが

あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書
新潮社 [著] 保阪 正康
ASIN:4106101254 /新書/251頁
発売日:2005-07
ランキング&評価:---位 4.0
価格:¥ 756 [2006-07-23 Amache]
5 - センタリング
2 - 唖然。
4 - 大東亜戦争を総括する一冊
3 - 全体の流れを把握できる、が…
5 - 太平洋戦争を見事に読みやすくまとめた本。著者のメッセージが非常に明確


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2006年01月29日 (日)

日本の優れた文化・伝統を自身の手で破壊する愚行

 日本は、食糧自給率が低いため、不足分を諸外国から常に購入し続けなければならない構造的な問題を有している。そのため、北朝鮮のような食糧難に陥りたくなければ、世界に通用する工業製品等を作り、それを売ることで、食糧の購入資金を確保する必要がある。
 現在、日本が貿易黒字を維持できる理由の一つとして、西欧文化圏と異なる次のような勤勉性があげられる。

・古代から発明の連続だった日本社会
 それでも「NO」と言える日本
  (省略)日本では、高天原へ最初に降臨された皇室の祖神、女神の天照大神は機(はた)を一生懸命に織っていらっしゃる。そのほかの神様も田圃で働く。現在でも日本国の象徴である天皇陛下でも五月と十月に田圃に入って見せられますが、こんな働く神のイメージは他の文化圏のキングやエンペラーにはありません。
 だから日本では労働は罰ではない。聖書にあるようにアダムとイブは労働のない楽園から追放される。その時に神がアダムに、お前はけしからん男だ、と言って与えられた罰が労働です。(省略)
  私たちが、神様も働く、と言っても西洋人にはジョークとしてしか受け取れないわけです。彼らの基本的イメージでは、労働は罰でしかないのです。日本人は生命の営みの中に自然な形で労働が組み込まれています。

 また、勤勉性を土壌として構築された優れた文化・インフラもある。次の「問屋制度」は、その一例である。
 
・問屋制度は日本人の知恵
 それでも「NO」と言える日本
(省略)
 アメリカは今、日本文化の貴重な知恵の所産であるシステムにまで文句をつけています。中でも流通問題で私の気にかかっているのは「問屋制度」です。これは大店法の問題とは違います。問屋制度の根幹を揺るがせるようなアメリカの注文には断固として「NO」を連発すべきでしょう。
 問屋制度は、まさしく日本人の発明したシステムの中でも最高の知恵の一つと言えます。外国にない独自のシステムで、この制度の歴史はアメリカの歴史よりも古いのです。問屋制度のおかげで旧幕以来日本の商業は発展し、現在の日本企業の活力をも支えています。問屋を経由しなければその分コストが下がると考えては短絡過ぎるのです。私の記憶では、大手スーパーのある社長はかつて問屋制度廃止論者でしたが、やってみると結局うまくいかなかった。生産企業から直接仕入れると、売れなかった時のリスクがあまりにも大きいからです。
 問屋を経由している場合だと、売れ残りそうだという情報を問屋に伝えると問屋は他の地域でその商品を欲しがっている店舗を探し出し、商品の返品を受け付け、そちらへ商品を回すというきめ細かなサービスもしてくれるわけです。問屋は単なる商品経由箇所でもなく、単なる大量販売店でもなくて情報産業という一面も持ち合わせていて新製品開発の企画から販売戦略までこなしており、いわば商業経済の頭脳の役目を果たしているのです。それは近代的形では商社にも発展しました。(省略)

 製造業がボロボロのアメリカからグローバルスタンダードという名の下に押し付けられるアメリカンローカルを有難く受け入れるだけではなく、優れた日本の文化や伝統を見つめ直し、それを大切にする心や、その心を子供たちにも教育し続けることによって、勤勉で質の高い労働力の源ができ、将来においても、世界をリードする基盤が確立できると考える。
 しかし、昨今のようなホリエモンや皇室典範改正問題などから分かる通り、目先の利害関係を優先することばかりで、お金で買えない文化や伝統を大切にする心が失われかけているのが現実である。

・天才の出る風土…第2条件「跪く心」
 国家の品格
(省略)
イギリスからはノーベル賞受賞者が今でもたくさん出ています。彼らは何に跪(ひざまず)いているのか。伝統に跪いています。最初に述べましたケンブリッジ大学のディナーはその例です。350年前と同じ部屋で同じ黒マントを着て暗いロウソクのもとで食べるのです。伝統は何より大切なのです。1500年以上も続いた天皇の万世一系を、男女平等などという理屈で捨てようとする軽挙は、イギリス人には想像もできないのです。

 ちなみに、「平等」とは欧米が捻り出した耳当たりの良い美辞で、実際には、以下のような問題がある。

・自由と平等は両立しない
 国家の品格
(省略)
 自由と自由は正面衝突します。言論の自由はプライバシーを守る自由と衝突します。私の自由と他人の自由は常に衝突です。私が、好きな女性に接近する自由を行使すると、その女性は必ず私から遠ざかる自由を行使する、というのが私のこれまででした。自由と自由が衝突しなかったら、私は夢のような人生を送れたはずだったのです。
 平等と平等も衝突です。平等な条件で競争すると弱肉強食となり、貧富の差が大きくなり、不平等となります。結果の平等ではなく機会の平等だ、という論が流行していますが、噴飯物です。全大学生の親の中で、東大生の親の所得が最も多いことが証拠です。貧者の子弟は良質の教育を受ける経済力に欠けるため、東大入学の機会が小さくなります。すなわち、平等な競争が貧富の差という結果を生み、それが機会の不平等を生んでいるのです。平等が不平等を生むということです。(省略)

 欧米の良い部分もあるが、例えば「自由」や「平等」などの思想を盲目的に取り入れ、日本の良い文化や伝統を棄てた結果、公への迷惑を考えないで、個人の自由ばかりを主張する謙虚さがないさもしい社会となったことからも分かる通り、安直な文化や伝統の切捨てはすべきではない。
 さて、日本の代用的な文化として、天皇制がある。西村眞悟代議士は、以下の通り、ご自身でも述べられているように忠誠の対象を天皇陛下としている議員とのこと。

二十八日と二十九日・・・東京の同志に比例区の渡辺義彦を紹介し、東京選挙区から立候補している拉致被害者の弟である増元君を激励した
 眞悟の時事通信 平成16年6月30日
私は、と言うより、日本の真の保守派は、
 今どこにいるのだろうか。
 真の保守とは、祖国の歴史と伝統のなかに、生き方の核心を見出し、忠誠の対象を内にもち、至誠一貫生き抜こうとすることであろうか。

 衆議院議員としての私の忠誠の対象は、
 天皇陛下である。
 忠誠の対象とは、結局、
 そのために死ねるということである。
 
 だから、私は、靖国神社に参拝する。その死が、忠誠の対象つまり天皇という公と一体となった英霊が祀られているからである。
(省略)
また、日本人なら、天皇という至高の存在から目を逸らしてはならないのだ。誰がなんと言おうと、天皇は日本という国の歴史とともにある。万世一系である。
 さらに、憲法を守るというなら、憲法第一条「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であり・・・」をよく守るべきである。
(省略)

 このような西村代議士の目線で財務省や宮内庁に感じたことは、次のようなもの。

旧正田邸を保存すべきだ
 眞悟の時事通信 平成15年1月18日
旧正田邸を何が何でも解体撤去しようとする日本官僚組織の、非人間的で矮小で卑劣な形式的法適用の強要は、まさに法匪であり、これは戦前からの伝統であったようだ。

  文化にも、伝統にも、歴史にも無関心

 法隆寺が破産したとする。日光東照宮でもよい。未払いの税金を五重塔や東照宮で国に物納したとする。
 その時、財務省の役人は、五重塔や東照宮を解体撤去して、更地にして地面を高く売ることを考える。そして、何処のレベルで決めたかは一切秘匿しながら、「顔のない組織」として、解体撤去に動物のように進む。
 こんな馬鹿なことがあるか。

 しかし、旧正田邸に関しては、現実にこのことが起こっているのだ。
 旧正田邸は、皇后陛下のご生家であり、近代日本建築史においても「特に貴重な建築」(1985年、日本建築学会)とされている建物である。

 この建物を財務省は、解体撤去すれば更地価格が上昇して有利に売却できると、まるでバブルの時の「地上げ屋」のようなことを言って解体しようとしている。

 しかも、日本人の解体業者は辞退して受けないので、外国人(朝鮮半島)の解体業者に解体を任せている
 皇后陛下のご生家を日本人が辞退するので、外国人に解体させるとは何事か!しかも、天皇陛下の手術の時に!

(省略)

宮内庁幹部は懲戒免職ものだ

 自分が生まれ、そして幸せに育ち、今は無き両親との思い出がいっぱいの家。
 その家の解体撤去を望む人が何処にいると思う。

 であるのに、宮内庁幹部は、皇后陛下のお立場を無視して、
「皇后陛下は、解体を望まれている」と発表したのだ。

法匪が皇后陛下を利用したのだ。
 旧正田邸は、国有財産であり、皇后陛下が行政の決めた結論以外のコメントを発表するお立場ではないことを承知の上で宮内庁は重大な越権を行った。幹部は全て懲戒され解雇されなければならない。
 法匪の国では、懲戒解雇は全て下級官僚に行われ、高級官僚は如何に卑劣でも退職金をもらって天下りして恥じない。

 この厚顔無恥な宮内庁幹部のなかで、保存運動をしている住さんの自宅に電話をかけて、皇后陛下のご意向を得意げに語り、保存運動をやめろと高圧的に強要した者は、嘗て「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待を受けた破廉恥漢の生き残りである。
 汚らわしい。

 行政が決めた結論以外のコメントを発表できない皇后陛下のお立場を利用する宮内庁の「ノーパンしゃぶしゃぶ」幹部には呆れ返ってしまう。宮内庁では流行っているのだろうか?

宮内庁も腐っております。
 nikaidou.com 【H17/08/15(月)7:30】
<中川三郎さんより>
 羽毛田宮内庁長官と風岡次長は、投稿のあった国土交通省のグータラ役人同様、かつて「ノーパンしゃぶしゃぶ桜蘭」の常連であった。こんな猥褻コンビが宮内庁のNo.1,No.2であったことは恐れ多くも宮内庁の歴史上ないはずである。詳しくは、

http://www.rondan.co.jp/html/news/roran

 を見れば二人の名前を他の猥褻官僚の名前と共に見ることができる。高級官僚のモラルも地に堕ちたものである。ちなみに、このリストに載っている奴ほど各省庁で出世しているのである。霞が関は狂っている。

 しかも、本年4月に週刊現代が報じたように、風岡宮内庁次長はせんべい学会員であるし、かつ、半島系らしい。羽毛田もその出自にはとかくの噂(なかでも童話出身との噂が根強い)のある人物であるし、一体陛下の役所はどうなってしまったのか。しかも、このような連中が臣民(の中でも低級倫理の輩)の分際で、恐れ多くも陛下や皇族方のご意向も伺わず、皇位継承という国体に関わる最重要問題を取り仕切っているのである。このような宮内庁幹部人事をそもそも考えたのは、一体どのような勢力なのか。右翼の正統派はこのような事態をなぜおとなしく看過しているのであろうか。

 また、風岡次長は、建設省の局長、課長時代に半島系の建設業者と癒着するとともに、アメリカのべクテルをはじめとする外国建設業者に特段の便宜を図ってきた売国官僚である。彼のために、本邦建設業者はどれだけ泣かされてきたことか。この点については、追加情報が手に入り次第またお知らせしたい。

→飯島が警察庁に命じて右翼の締め付けをかなり厳しくしているようですからきついのではないでしょうか。ただ、右翼側ももうすこしインテリに振舞うべきですね。中にはインテリの人もいるのですが、なかなか表に出てこない。どうしても見た目の怖い街宣車で見た目の怖い人が怒鳴るものですから、嫌悪感しか沸きません。霞を食って生きられないのはわかるので、シノギのとき以外のちゃんとした運動は、見た目も発言もスマートにうまくやりましょう。
【投稿情報/nikaidou.com】

 そして、文化よりもお金が大切という価値観での最終結果が、こちら。自らの手で、文化を破壊するのが情けない限りである。

旧正田邸解体レポート
 tpnの法則【別館】 街角コラム
旧正田邸前 右側より
旧正田邸全景
この時期でも客足が絶えることは有りません。
内部その? 右側あとは地面のみでしょうか。

 このような宮内庁に関して、何年経っても忘れられない記事が、こちら。宮内庁のことは、あまり報道されないので、皇族の為に活躍されているお役所かと勘違いしていたが、実は闇の部分も多いようである。
宮内庁のこと
 眞悟の時事通信 平成16年5月28日
皇太子殿下のご発言を契機として、宮内庁のことに関心が集まり始めた。
 宮内庁は、「殿下のご発言の真意を確かめる」、と言っているが、その前に、宮内庁とは何だ、どういう組織か、ということに関して、小職の経験した出来事を述べておきたい。
 そして、その上で、これからあるだろう宮内庁の記者会見における発言の意味を判断していただきたい。

 私の体験した宮内庁との出来事

1、皇太子殿下は、日本山岳会会員で山の自然を愛されている。私も、同じ日本山岳会会員。そして、皇太子殿下もご出席の日本山岳会のパーティーの時、雑談の時間になったので私は席を離れて、皇太子殿下のテーブル(橋本元総理も座る)の近くを通ろうとした。
 そうすると、殿下を先導してきた男が、汚らわしいものを払うようなしぐさをして、「きりがないので、近づいていただいては困る」と言った。人に屈辱感を与える技術とマインドをもった人たちであった。
 山を愛する者達とは全く場違いな役人が傲然と殿下を取り囲んでいた。

2、大阪国体に天皇陛下と皇后陛下が来られた際、ロイヤルホテルで各都道府県の国体参加者が出席してパーティーが開かれた。参加者は、ほとんどトレーニングパンツにシャツのいでたちで、ビールやウイスキーを飲んでざわついていた。
 そこに、天皇皇后両陛下が入ってこられた。
 参加者の多くは、アルコールが入っていて1メートルくらいの至近距離で両陛下をパチパチとカメラで写してお迎えしていた。
 なんと無礼なことだと思ってしばらくいると、今度は場内マイクで、両陛下が各テーブルを回られますのでよろしくお願いしますとの放送があった。
 ここにいたって私は、衆議院の委員会で、各地方を回られる天皇陛下を酒席を回るタレント並みに扱っているこの現状に義憤を感じて問題を提起しようと決めたのだ。
 そして、宮内庁に質問通告をすると、早速職員数名が部屋にやってきて、「そのような、天皇陛下に各テーブルを回っていただくようなことは絶対にやっていません」と粘り強く繰り返し始めた。
「いや、君達は大阪に行っていないではないか。僕はまさに大阪で天皇陛下がテーブルを回られるのを見たのだ」と言っても、
「そんなことは、ありません。どうか、質問しないでください」の一点張りであった。
 翌日の質問日当日は朝から5名ほどの宮内庁職員が私を取り囲み、自室から質問する委員会室まで,国会の廊下で団子になってついて来て
「そんなことはありません。そんなことはありえません。陛下の随行者は県警本部長出身です。彼を信じてください。質問しないでください」と繰り返すのである。
 この目で見たという私の言うことを、その場にいない者が、ひたすら否定する。平気で、白を黒と言い換える異様な人間の集団だと思った。


3、一昨年の秋、皇后陛下が北朝鮮による日本人拉致問題に関して、「なぜ、この人たちの不在に長年気付かなかったのか」との痛切な思いを語られ、無念といわれた。
 私は、天皇陛下も皇后と同じといわれる、その思いを、この時事通信で「おおみごころ」と述べた。
 数日後、宮内庁高官が私の事務所に現れ、
「『おおみごころ』とは天皇陛下について言う言葉であり、皇后陛下の発言について言う言葉ではない。
 議員が、そのように皇后陛下の発言を引用するのは、政治家による皇室の政治利用につながるから、以後なさらぬように」と言いにきた。

 私は、これが宮内庁の官僚というものかとあきれて彼の顔を眺めていた。

4、昨年初め、物納されて国有財産(財務省管理)になった皇后陛下のご生家であるあの懐かしい正田邸が取り壊されることになった。
 付近住民は、正田邸の保存運動を起こし、数日で10万を超える保存を願う国民の署名を集めながら、解体業者の正田邸侵入を阻止してマスコミでも大きく取り上げられた。
 そのとき、保存運動のリーダーであった正田邸の近所の人に、宮内庁高官(私に、「おおみごころ」という言葉を使うなと言いにきた男)が電話をかけてきて、
「皇后陛下は、保存を望まれていないから保存運動をやめろ」と高圧的に言い放った。
 この宮内庁高官の、電話は、皇后陛下の名を語って国有財産処分という政治的措置(国会での審議事項)に影響を与えようとする行為であり、それこそまさしく皇后陛下の政治利用である。
 私は、宮内庁に抗議した。
「皇后陛下のご意向を国有財産を解体する根拠にすれば、そのご意向が果たして本当かどうか、衆議院予算委員会に皇后陛下を参考人としてお呼びするということに行き着いてしまう。
 皇后陛下の名を出して正田邸を解体の正当理由にするとは何事か、二度とするな、皇室の政治利用であり責任の重大さを自覚しろ」
 これに対し、宮内庁は、電話をしたのは認めたが、まず高圧的に電話したのではない、やさしく言ったと弁解し、
「皇后陛下が正田邸の保存を望んでおられないという『事実』を伝えただけであり、決して皇室の政治利用ではない」という詭弁を弄してきたのだ。
 「馬鹿言え、そのような理屈なら、例えば皇后陛下は小泉総理は内閣総理大臣にふさわしくないと思っておられるという『事実』も選挙前に宮内庁が公表できることになるではないか」と反論しても、彼等は全く聞く耳を持たず、自分の理屈が一番正しいとカルトのように妄信していた。


 以上が、小職が体験した宮内庁。普通に生活する人が想像もできない特殊なマインドである(もっとも、宮内庁だけに限られないかもしれないが)。
 あの宮内庁の世界では、もっとも慇懃な者がもっとも無礼なのだ。ご皇室に対する国民の崇敬の念に胡坐をかいて、やんごとなき優越的な立場にいるかのように錯覚している者がいる。きわめて特殊な「空気」といえる。
 したがって、このことを頭に入れて、今後発表される宮内庁の見解なるものを解釈していただきたい。
 
 そもそも、皇太子殿下も妃殿下も、聡明な方なのだ。
その皇太子殿下ご自身が、妃殿下の人格が「否定されることがあった」とおっしゃった以上、
 まさに、それが、あったのだ。
 それを、宮内庁ではご帰国を待って真意を確かめるという、
 何たる傲慢か。
 ご皇室を禁治産者扱いしているのではないだろうかと怒りたくなるほどの傲慢さだ。
彼等は、皇太子殿下がなんと言われようと、
「いえ、そんなことはありません、そんなことはありえません」と執拗に抵抗すれば、それが「真実」になる、つまり、白が黒になると確信しているのか。
 
 宮内庁は、あらためて、皇太子殿下のご発言を契機に、
 宮内庁存在の根本に還れ。
 普通ではない者を罷免し、人心を一新しろ。
 そうでなければ、従来の、宮内庁に取り囲まれているご皇室ご一家がお気の毒でならない。そしてまさに、国家のあり方に影響がでかねない。

 
 我々国民は、
 ご皇室の幸せとご繁栄を願い、
 皇太子殿下と妃殿下ご一家の幸せを切に念じたい。

 この宮内庁の体質は、今も変わらないであろう。何故ならば、旧正田邸解体時に、皇后陛下のお立場を無視して、「皇后陛下は、解体を望まれている」と発表した宮内庁幹部と同様に、皇室典範改正に天皇陛下が賛成と嘘を流布すると噂される官邸サイドの発言が目に付くからだ。

 ・寛仁親王殿下が改正案を批判:天皇陛下が賛成というのは嘘

 宮内庁や官邸だけではなく、歴史教科書の出版社の多くが、皇室への記載内容が無礼であるし、また、例えば以下の記事のような勢力もある。報道規制などであまり情報が流れてこないが、注意深く監視し続ける必要を感じた次第である。

小和田恒条約局長(雅子妃の父君)は、A級戦犯は『戦争犯罪人』であると断言した女系天皇の仕掛け人?
 株式日記と経済展望
国会議事録における小和田政府委員とは皇太子の后である雅子様の父君の事ですが、元外務省の条約局長であり土井たか子議員の質問に答えて、極東軍事裁判を日本政府は受諾したと何回も答弁し、A級戦犯を戦争犯罪人であると答弁している。小和田氏がどの程度の英語力なのかは分かりませんが「judgements」が「裁判」と訳すか「判決」と訳すかで大きく東京裁判の日本政府の受け止め方が違ってくるのですが、これは外務省の明らかな誤訳だ。

さらに小和田氏は土井たか子議員の質問に答えて戦争犯罪人に相当すると答えているが、これは昭和28年の国会決議で赦免されており、昭和60年でも東京裁判を受諾した戦争犯罪人との解釈を政府自身が持ち続けていたことを示している。しかし小和田政府委員の答弁はこのことには触れていないが、いくら北朝鮮の工作員であった土井たか子議員の質問であっても、現在の国内法では戦争犯罪人はいないことになっているのだ。

確かに日中戦争に限定すれば侵略戦争の定義が当てはめられるかもしれないが、大東亜戦争全体から見れば侵略戦争ではなく自衛の戦争であったと何度か書いてきた。戦後60年経って世界の各国でも公文書が公開されてきて大東亜戦争の実態が明らかになってきていますが、このような公文書を見なければ最終的な判断は下せるものではなく、日本政府は重要な公文書は公開していない。

アメリカ政府ですら公開された公文書でも黒塗りされて分からない部分がかなりあり、外交交渉の実態の解明にはまだまだ謎が多い。本当に大東亜戦争の実態を明らかにしようとするならば関係者の証言や公文書の公開や分析などを十分に進めて後世の歴史学者による判断に待つしかないかと思う。

元国会議員で衆議院議長までやった土井たか子の正体も今になって明らかになってきましたが、北朝鮮の拉致事件に対する消極的な態度も、北朝鮮に実の息子がいるという状態ではおよその状況が分かるだろう。だから土井たか子は秘密工作員どころではなくて、明らかな北朝鮮の代理人となった政治家だったのだ。

だから国会における質疑においてもまさに北朝鮮か中国の代表が日本の国会内で活動しているようなものであり、社会党はまさに北朝鮮や中国の政党といってもいいくらいの活動をしている。さすがに北朝鮮の拉致問題が明らかになってからは旧社会党は選挙でも壊滅的な打撃を受けて消滅しましたが、そのような状態が昭和60年ごろも続いていたのだ。

小和田氏の質疑での答弁は日本政府の見解としてのものですが、外務省の体質をよく物語っている。太平洋戦争が始まる前の外務省の行動もおかしなものがありますが、大切な条約文を意図的に誤訳したり隠蔽したりする体質は、最近の在中国の日本大使館員の自殺も長い間隠蔽されてきた事にも現れている。中国を慮っての事なのでしょうが、日本の国益よりも相手国の利益を慮るところがある。

直接関係があるか分かりませんが皇室典範の改正の黒幕は小和田恒氏ではないのだろうか。もし女系天皇が認められれば小和田王朝が出来上がることになり、もしその小和田氏が外国勢力の代理人だったとしたらどういうことになるか、天皇制の崩壊につながるだろう。雅子妃の健康状態も気になるところですが、皇位継承をめぐる他の皇室との軋轢が大きな原因になっているのだ。小泉首相は経った1年の審議で強引に皇室典範を改正して女系天皇を誕生させる野心があるようだ。

 シナ大陸で王朝が変わる都度、元・明・清などと変わってきたのと同様に、万世一系の天皇制が崩壊し大和田王朝が成立すると日本ではなくなってしまう。改革という美辞に踊らされ、気付いたら良い文化を棄て、やり直すことができなくなっていたということがないよう注意したい。
 また、大企業は、諸外国との競争力を高めるためには、国内の優秀な労働力を積極的に採用すべきだが、国内の工場を閉鎖し、海外進出してきた。中国の色仕掛け工作にはまったトヨタの経団連会長に先導されて何か良いことでもあるのだろうか?国内の自殺者3万人削減にも寄与せず、単なるノウハウ流出にしかならない。
 官民共に目先の利益ばかりを追う事が、自らの首を絞める結果につながっていることに、早く気付き、将来を見据えた行動をして頂きたいものである。
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2005年11月17日 (木)

日本人が温厚に育った背景…中国人とは水と油

 「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」というが、こうなるためには、「敵に関して無知で無関心」という己を知り、そして改めるべきだろうと先日述べた
 だが、今回は、以下のような物議を醸し出している有識者会議のことも気がかりなので、まずは、己(日本)について紐解いてみたい。
 
「密室協議」に疑問も 女性天皇容認で刺激回避?
 女性天皇容認を打ち出した政府の「皇室典範に関する有識者会議」は7日の次回会合以降、11月末をめどにしている最終報告作成まで議論内容の公表を控える方針だ。皇位継承順位で男子を優先する男系男子維持派を「刺激する恐れがある」(同会議関係者)との懸念も背景の一つのようだ。ただ、国民の理解が不可欠なテーマだけに「密室協議」を疑問視する声が出る可能性がある。
 有識者会議は今年1月から計14回の会合を開催。会合終了後に吉川弘之座長(元東大学長)が記者会見して内容を説明、後日ホームページで議事要旨を公表してきた。
(共同通信) - 11月5日16時46分更新

 日本人が温厚な理由は、地政学的にみると国同士が陸続きの大陸国家と違い、海洋国家である日本は、外敵から進入され恐れがないから温厚な性格を持ったと推測できる。
 更に、次のような恵まれた風土も重なったことも要因の一つであろう。

・恵まれた風土で生まれた共生の思想
 新歴史の真実 前野 徹
 (省略)天皇家は、天孫初代の神武天皇から今上陛下まで125代、2662年もの間、脈々と続いています。このような連続性を持ったロイヤルは、世界中どこを探してもありません。
 日本の天皇家が他の国の君主や統治者と最も異なるのは、武力に一度も頼ってこなかったという点です。わが国の歴史で天皇が戦いの最前線に立ったという記録、伝承は、少なくとも第12代景行天皇の後では一切残っていません。わずかに第14代仲哀天皇に関して「一説では」との注釈つきで、自ら熊襲を伐ち、賊の矢に当たって亡くなったという伝承があると記録しているのみです。
 皇室は武力や権力で国民に臨んだり、対立したことはなく、天皇のお住まいも城郭でなく、「御所」です。実際に、政治の実務を執ってきたのも天皇ではありません。平安時代には藤原氏、平氏が、鎌倉以降は天皇から任じられた征夷大将軍や摂政が実権を握り、国を治めてきました。近代の明治天皇以降は軍隊の統帥権を持っていた。だから独裁者だというのは誤解で、御前会議においてもすでに決まったことを承認なさり、意見を述べられるだけでした。具体的な政策立案や決断は、内閣や軍部によって行なわれていました。
 左翼思想に染まっている現代人は天皇をすぐに戦争に結びつけようとしますが、それは西欧の考え方に毒されているからです。西洋では君主を倒す革命という過程が必要でした。血と闘争がなければ、民衆は自由になれなかったのです。
 一方、日本の天皇制はまったく意味合いが違います。天皇は民衆を代表して祈りを捧げる日本人の象徴であり、魂です。西洋社会のように武力で民衆を制圧して統治した支配者ではありません。日本独自の自然と共生思想から生まれた神道の司祭です。
 連錦と続く天皇制を理解するためには、日本の国の成り立ち、日本の根本的な思想を知らなければなりません。日本列島は東西の緯度船に対して南北3千キロにおよぶ細長い島国です。南の琉球諸島は亜熱帯の気候、北の北海道は亜寒帯的な気候ですが、ほとんどが温暖な温帯に属しています。気候帯が実に多様で四季があり、植物、鳥類、動物の種類も多く、食物も豊富で様々な野菜や果物が手に入ります。しかも四方は海に囲まれ、地形は極めて変化があり、海の幸、山の幸にも恵まれています。
 世界地図を開いてみてください。温帯を中心に亜寒帯から亜熱帯にまでまたがる南北に長い島は日本だけです。日本は世界でも特異な、非常に恵まれた国です。南北に長いために、どこかで不作でも、どこかで豊作で、食糧面の安全保障には心配もない。したがって、食べ物を巡って争う必要もありません。
(省略)

 各家族の集まりから最終的に国家ができ、天皇は、国という家族の代表者である。そして、民衆の代表として神(自然)に、人々の幸せの願いや恵まれた風土に対する感謝の意を捧げる神道の司祭の役割も担っていた。
 このようなことを通して、日本人の心の支え、あるいは自分たちの魂の象徴となってきた。このことは、以下のような藤原家や鎌倉幕府以降の歴史をみれば想像に難しくない。
 ちなみに、共産主義は国家の基盤となる家族崩壊を狙っている。夫婦別姓問題もこれに関連したものなので、合わせて覚えておきたい。

・日本民族の精神支柱、天皇家
 新歴史の真実 前野 徹
 肥沃な風土に恵まれていたおかげで、日本人は定住して暮らすことができました。そのため、家族、一族という意識が早くから育ちました。この家族、一族が集まって自然発生的にできた国が日本です。天皇は国という家族の大代表者で、人々が幸せに暮らせるよう、神(自然)に恵みを請い願い、祈り感謝する役割を担っていました。民族の幸せの為に祀(まつ)りを司るのが天皇で、今でも新嘗祭、神嘗祭は天皇家の最も重要な儀式です。
 こうして自然発生的に誕生した神道と天皇は、日本人の心の支えとなりました。自分たちの魂の象徴ですから、天皇を亡き者にして取って代わろうと思う者はひとりもいません。権勢を誇った藤原家も、いつでも朝廷を乗っ取ろうと思えばできた鎌倉幕府も、天下を取った秀吉も家康も、天皇家を滅ぼそうなどとは考えませんでした。天皇家が2千年以上も脈々と続いてきたのは、天皇が日本の魂のふるさとであり、日本の伝統そのものだったからです。
 日本民族の精神的支柱であった天皇は、その後、日本の近代国家への脱皮にも大きな役割を果たしました。日本の近代化は世界史に類例を見ないほど迅速かつ無血で達成されましたが、その背景には天皇の存在がありました。
 鳥羽伏見の戦いで将軍徳川慶喜が兵力では上回っていたにもかかわらず、戦わずして矛を収めたのは、倒幕軍が錦の御旗を掲げていたからです。倒幕が天皇の意思として行なわれたと知り、徳川家の統治を天皇に戻す決意をしたのです。おかげで内乱の長期化と、それにともなう外国勢力の介入を回避できました。
 新国家の建設において、明治の志士たちが新しい国造りに邁進できたのも、天皇に許されていると言う大義があり、天皇という精神的な権威が後ろにあったからです。
(省略)

 日本は、国難の危機を天皇のおかげで、幾度か乗り越えることができた。現在でも中国の軍拡や大地震など潜在的な脅威が存在するので、国難の再来は十分有りえる。
 そのため、天皇家には今後も、国民の精神の柱であり続けて頂きたい。しかし、「皇室典範に関する有識者会議」では、天皇制崩壊の方向に導きかねない。我々はこの問題に無関心であってはならないと思う。
 話を戻すが、日本人の優しさは、世界的に見ても非常にまれな神道が生まれた背景をみても理解できる。

・多神教の神道は日本文化の原点
 新歴史の真実 前野 徹
(省略)
 恵まれた自然と共に暮らしてきた日本人は古来から山には山の神が、海には海の神が、森、木、あらゆる自然に神が宿ると考えて来ました。まさに八百万(やおろず)の神の国で、自然に畏怖の念を抱き、敬虔な祈りを捧げる、現代風に言えば、自然との共生の思想が古代から根付いていました。自然をあるがままに受け止め、畏敬し、感謝し、自然に溶け込もうとする融合の考え方が基本にあり、これが西洋のような争う文化ではなく、分かち合う文化となって発展しました。
 こうした思想は、他の宗教のように賢者や聖人によって説かれたものではなく、民族の発生と同時に自然発生したもので、日本列島で自然と共生してきた我々の先祖の間に生まれたこの自然崇拝が、やがて一つの信仰となったのが神道です。
 自然崇拝が期せずして私たちの先祖に育ったのは、日本には豊かな自然があったからです。四季の移り変わりによって姿を変える山や川、自然の恵みをたっぷり受けた肥沃な大地…。厳しい自然と痩せた土地の中東やヨーロッパで育ったのは他を排除する一神教である。
 自然崇拝の多神教が民族の体質に根付いた日本では、後に仏教やキリスト教、儒教などが入ってきても、排除することなく、受け入れました。神道と言うと、戦時中の国家神道をイメージし、悪の権化のように非難する日本人がいますが、神道は世界に誇れる日本人の魂を具現化した信仰なのです。
(省略)

 また、以下の十七条の憲法に記されている内容から、遅くとも602年には和の精神が確立されていたと見て良いだろう。
 
国柄探訪:日本の民主主義は輸入品か?
 国際派日本人養成講座
■3.「和」に基づいた衆議■
 聖徳太子が推古天皇12(602)年に作られたとされる憲法十七条は、この衆議公論の伝統を最初に明文化したものである。
 
 第一条の有名な「和をもって貴しとなす」というのは、単に仲良くせよ、というのではない。人間はみな党派心があるので、エゴの
つかりあいが、争いを起こしがちである。太子は「和」の必要な理由を次のように述べている。

 
 然(しか)れども、上和らぎ、下睦びて事を論(あげつら)ふに諧(かな)ひぬるときは、則(すなは)ち事理自ずから通ふ。何事か成らざらむ。[4]

 地位や年齢の上下はあっても、和気藹々(あいあい)と議論を尽くせば、物事の道理が自ずから明らかになる。そうなれば、出来ない事などあろうか、と言われるのである。
 クラブとか、職場などで、和やかなムードの中で自由な話し合いが行われれば、衆知を集め、皆の意思統一もできて、何事もきわめ
てスムーズに行く、という事を体験された読者も多いだろう。「和をもって貴しとなす」という第一条は、「和」に基づいた衆議を国家統治の基本として定めたものである。

 このようなことに比べて、例えばキリスト教はというと以下のモーゼの十戒の内容を見れば分る。

・教育勅語とモーゼの十戒の違いが日本人と西洋人の違い
 新歴史の真実 前野 徹
 西洋と日本の基本的な思想は、「モーゼの十戒」と「教育勅語」の違いに端的に現れています。キリスト教の教えの基本であるモーゼの十戒で述べられている戒(いまし)めは、第一に「汝殺す勿(なか)れ」、第二に「盗む勿れ」、第三に「騙す勿れ」、そして、「姦淫する勿れ」と続いていきます。キリストの「山上の垂訓」でも、殺生、盗み、騙し、姦淫の禁止を説いています。
 日本人ならこれを見て、何となく違和感を感じるはずです。人を殺さない、盗みは働かない、人を騙してはいけない。これは何も教えられなくとも、日本人なら誰でも自然に分っている道徳律だからです。モーゼの十戒にしても、キリスト教の教えには、いかにも動物的な野蛮人に向けて諭している感じがあります。

 (省略)

jikkai.jpg 普段我々が作成する目標やスローガンなどは、できていることは書かないで、日頃できていないことを書く。そのような観点で、モーゼの十戒と十七条の憲法を比較すると、道徳(道義)のレベルの違いは明白である。
 この根底となる道義の違いが、「罪と良心の呵責」の違いとして表れ、結果、国際連盟で黒人差別をなくすように働きかける日本、それを拒否するアメリカ、あるいは、カトリーナにより暴動が発生したアメリカ、阪神大震災時の日本の姿として表面化されるのであろう。
 日本の道義の高さは、誇るべきものであるが、ただ、時には仇となることがある。なぜなら、キリスト教のモーゼの十戒の道徳観は、日本人には違和感があるかもしれないが、まだ、あるだけマシで、そもそも宗教観念がない中国が存在するからだ。日本人は、嘘に対して罪悪感を感じるが、中国人には罪悪感がない。むしろ、騙したことを武勇伝になるのくらいである。水と油のように我々とは価値観が全く異なるにも関わらず、日本人を相手にするのと同じ感覚で接するから大失敗するのである。

【関連記事】
・(H17/07/03)人種差別国家韓国とそれと無縁の日本
・(H17/07/19)良心の呵責に関する日本と諸外国の違い
・(H17/11/04)安直な女性天皇容認は天皇制崩壊の危機に繋がる

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2005年11月03日 (木)

安直な女性天皇容認は天皇制崩壊の危機に繋がる

 昨日は、文化の日であった。日本の誇れる文化の一つとして、天皇制がある。20世紀最大の天才科学者であるアインシュタイン博士は、1923年11月18日、万世一系の天皇の国、日本、伝統が息づく日本文明を目の当たりにし、大きな感銘を受け、次のように語っている。

・日本文明に感銘を受けたアイシュタイン
 新歴史の真実 前野 徹
「近代日本の発展ほど、世界を驚かしたものはない。一系の天皇を載いていることが今日の日本をあらしめたのである。
 私はこのような尊い国が、世界のどこかに一ヶ所くらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときがやってくる。その時、人類は真の平和を求めて世界的な盟主をあげなければならない。
 この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた、最も古く、また尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国を作っておいてくれたことを」

 しかし、戦後GHQが11宮家を廃絶したことにより、構造的に男系男子が誕生しがたい環境になってしまい、この文化が危機に直面している。そこで、「皇位継承を考えるための懇談会」が設立されたようだ。だが、ここには「女性天皇を認めよう」という簡単な答えで決着をつけようという官僚サイドの意図が、あるいは小泉首相の意図が存在し、残念ながら、女性天皇が認められた場合の問題点を予期できる宮内庁長官OBや皇室関係の学問を積んだ方などの専門家がメンバに選定されていない。

前橋講演における皇室問題への言及(三)
 西尾幹二のインターネット日録  H17.4.18
ところがここにきて面倒な問題が沸き起こっております。実は専門の法律学者が主に発言すべき問題かと思っておりますが、皇位継承を考えるための懇談会というのが開かれました。第一回の会議も行われたようでございますが、私の知るかぎりでは専門知識を持つ人は一人しか入っていないように思います。
 そして、「女性天皇を認めよう」という簡単な答えで決着をつけようという官僚サイドの意図が、あるいはまた小泉首相の意図が最初から見え見えであるという粗略な印象を抱いております。小泉さんは最初から思い込みの強い方で、北朝鮮との国交回復、郵政民営化、もう決めたらワンパターンのアイデアにこだわる人であります。しかもスタートを成すとき、起点を成す問題点にそれほど深い考察を加えておられるようにみえない。知識も持っておられない。 
 皇室の問題を素人ばかりの集団で、かのジェンダーフリーの専門家が一人入っているような懇談会で、官僚やその他の世界で功なり名遂げた方であるかもしれないけど、歴史のことはほとんど知らない方々を集めて押し切ってしまっていい問題だろうかと思います。時間も足りないのじゃないかと不安を抱いています。9月までに答えを出すなんていうのは拙速です。3回か4回の会議で答えを出して、それで来年法律を作って決めるなんというので果していいのだろうかと不安を抱かざるを得ません。
 その理由は、万世一系の天皇の系譜を維持するには男系でなくてはならないという原則です。それはみなさん、新聞で論じられていますからお耳にしていると思うわけですが、女性を天皇にするということと、女系、女性の系列を皇統にするということとは別のことです。
 (省略)
ご承知のように戦後GHQが11宮家を廃絶してしまいまして、以来、今の天皇家の直系だけが宮家に残っているということでございます。他の系列の宮家を復活して将来に備える必要はないのだろうかと、そう正論を唱える人は少なくないのでありますが、しかし私自身はすべては遅すぎるのではないかという不安も強く抱いているのでございます。

 そのため、他の系列の宮家を復活させるなどの多様なアイディアを対比させて最善の案を磨き上げるというプロセスを経ることができなかったに違いない。さて、女性天皇が誕生した場合、30年後に以下のような問題点(左翼からみたらうれしい点)が懸念されるとのこと。

前橋講演における皇室問題への言及(四)
 西尾幹二のインターネット日録 H17.4.18
(省略)
共産党系の憲法学者が「万世一系の天皇は男系であって、もし女帝のままでいけば30年後はしめたものだ」ということを何となく臭わせるようなことを言っている訳ですよ。「しめた」という言葉は使っていませんけども。
つまり、天皇制をなくそうと思っている勢力にとって、時期が到来したと。これはなし崩しにこのままいってしまったら、みんな国民は深く考えないから「女性天皇万歳」と言っているうちに30年たち、天皇否定論者が一斉に「ああ今の天皇制度はもはや歴史上のものではない。万世一系とは言いがたい。形骸化している、にせものだ」という批判を必ず言い出すに決まっています。
その時、保守側が守ると思ったって、もう間に合わない。守ろうと思ったって打つ手がない訳ですよ。それらのことを知っている学者、あるいは宮内庁の長官をなさっていた方や皇室関係の学問を積んでいる人や古代史に通じている人が日本にはいっぱいいますが、政府の今の懇話会の中には入っていないのですよ。
ですから「30年後を憂慮する」というのが、私が今一番考えている不安です。

 このように女性天皇が認められたら、アイシュタインも感銘した天皇制がなし崩し的に無くなることが懸念される。しかし、「皇室典範に関する有識者会議」の10月25日の結論は、「皇位継承資格者を女性皇族に拡大することを基本に最終報告をまとめる方針で一致した」というものであった。

皇位継承は男系によって維持する伝統を守れ
 私の主張・ひとりの日本人として 2005/10/26(水)
それなりの見識を持っているであろうと思われる政府の「皇室典範に関する有識者会議」のメンバーが、10月25日、皇位継承資格者を女性皇族に拡大することを基本に最終報告をまとめる方針で一致したと報じられている。

「世界最古の王家」である皇室は、有史以来二千年以上にわたり「万世一系」を維持するために男系の皇位継承によって伝統を保ってきたのであり、それを現在の感覚で、すなわち男女共同参画などのおかしな思想の感覚で、皇室の伝統を破壊することは許されることではない。

確かに昭和40年に秋篠宮殿下がご誕生になられて以降、男子皇族が誕生しておらず、現在の皇室典範では、皇室が維持できなくなるとの理由は分かるが、だからと言って、皇位継承を女性皇族に拡大することは伝統というものを全く無視する安易な考えではないか。

「皇室典範に関する有識者会議」のメンバー10人には、なぜか皇室の専門家はいないとのことで、驚くべきことに、最初から「女性天皇容認」との結論であったとされている。この僅か10人の皇室の専門家でもない者が、有史以来二千年以上の長きに渡り、維持して来た皇室の伝統を、根本的に変える結論を出し、国会において皇室典範改正案を成立させて良いものとは到底思えない。

皇室の方々は、今回の最終報告をどのようにお感じになっておられるであろうか。「皇室典範に関する有識者会議」の座長である吉川弘之元東大総長は「(皇室の方々には)聴いてはいけないという政府の判断だった」と語っているそうであるが、本当なのであろうか。また吉川座長は「国民から広く聴くことはない」とか「我々が歴史を作る」とか言っていた記憶があるが、このようなことを平然と公言する者を座長にしたことは適性であったのか大いに疑問である。

皇室の伝統を重視する学者や文化人らが、昭和22年にGHQの命令によって臣籍降下(皇籍離脱)した旧皇族の皇籍復帰や、現宮家への養子入りによる男系継承維持の方策を主張しているが、吉川座長は「ほとんどのメンバーが可能性がないとの結論に達した」と述べているそうであるが、なぜ可能性がないのか明らかではなく、伝統を重視する国民を納得させることは出来ないであろう。

わが国は歴史や伝統を重んじる国ではなかったのか。皇室典範に定められた「皇位は、皇統に属する男系の男子がこれを継承する」との規定は法と言うより伝統と言うべきであろう。これは変えてはならない。このままでは皇位継承者はいなくなるとして、歴史の重みのある伝統を崩壊させて良いと言うものではない。

であるから、臣籍降下した旧皇族の皇籍復帰によって、男系の皇位継承者を確保する方が皇室の伝統を維持出来るのではないか。旧皇族には20代の男子もおられるとのことで、その中には皇籍復帰しても良いと声もあると言う。

しかし、今回の「皇室典範に関する有識者会議」の最終報告をまとめるに際し、皇族方のご意見を伺うことはなかったとは驚きでの何者でもない。今後の皇室がどのようになるのかを、当事者である皇族の方々が何も意見を言えず、皇室典範改正案を報告されるだけとは大いに疑問である。

わが国が尊厳を保っているのはひとえに皇室の存在である。その皇室の伝統を破壊してはならないし、そのような誤った歴史を作ってはいけない。皇室の廃止を叫んでいたサヨクが最近それを言わなくなったのは、このままでは皇室はなくなると思っているからである。女性天皇容認はまさにサヨクの思惑に一致する。旧皇族の皇籍復帰しか皇室の伝統を守る方法はないと思う。

 やはり、結論ありきの「皇室典範に関する有識者会議」であったのだろうか。そのような中、三笠宮寛仁親王が、以下のような疑問を投げかけられたようだ。

国家は文化・伝統の破壊によつても滅びる
 株式日誌と経済展望
三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問 国家は文化
・伝統の破壊によつても滅びることを忘れてはならない。

2005年11月3日
tomohito-sinnou.jpg
◆三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問…会報にエッセー
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051103-00000001-yom-soci

三笠宮寛仁さま(59)が、自身が会長を務める福祉団体の会報で「女性天皇」に触れ、「歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」と、疑問を投げかけられていることがわかった。
 皇籍を離脱した元皇族の復帰や、元皇族を女性皇族の養子として皇位継承権を与えるなどの方法により、男系継承を守るべきだとの考えを示されている。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は女性・女系天皇の容認を打ち出し、最終報告書の取りまとめに入ったが、この問題について皇族が考えを明らかにしたのは初めて。
 寛仁さまの意見が掲載されているのは、福祉団体「柏朋(はくほう)会」の会報。寛仁さまは「とどのおしゃべり―近況雑感」という題でエッセーを連載しており、その最新号で「政治問題で口出し出来ないのですが、会報は市販されておらず“身内”の小冊子と理解し『プライヴェート』に語るという体裁を取ります」と断って「女帝問題」を論じられている。
 寛仁さまはまず、「万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と強調。〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰〈2〉女性皇族(内親王)に元皇族(男系)から養子を取れるようにし、その方に皇位継承権を与える〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)を元皇族に継承してもらい、宮家を再興する――などの方法を挙げられている。
 その上で、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりません」とし、「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄(まで)発展するでしょう」と結ばれている。
 天皇や皇族は憲法上、政治的な権能を有しておらず、有識者会議はその意見聴取をしていない。
(読売新聞) - 11月3日3時5分更新

(省略)

(私のコメント)
世論調査やマスコミ報道では女性天皇肯定論のようですが、歴史を踏まえないで安易な結論でいいのだろうか。有識者会議もべつに皇室の歴史に詳しいわけではなく、あまりにも性急な議論に三笠宮でなくとも異議が出てくることだろう。ワイドショーなどでは女性天皇を容認する意見が圧倒的だとしているが、天皇家の意見はどうなのだろう。
株式日記では以前にも書いたことがありますが、旧宮家の復活や養子縁組を認めるなどいくらでも伝統を守ろうとすれば方法はあるのですが、大戦後の占領下の憲法改正などが少なからず天皇制にも影響が出てきている。いくらなんでも側室を迎えると言うのは難しいから、皇后に子供が出来なかった場合はお家は断絶してしまうことになる。
女性天皇を容認して愛子天皇が即位したとしても、愛子天皇に子供が出来なければどうなるのか。様々な新たなる問題が出てきてお家騒動も起きかねない。また一般で行われている養子縁組が皇族で認められないのは不都合だし、側室が難しいのなら旧宮家から養子を迎えて後継者に出来るようにしてもいいのではないかと思う。
最終的にはそれが国民に受け入れられるかどうかですが、安易な改革が制度そのものを権威の無いものにして、やがては廃止などの意見が出やすい状況も考えられる。たとえば靖国神社問題も中国や韓国から批判されたからと言って無宗教の慰霊施設を作ったからと言って国民が慰霊しなければ無意味なものになる。
天皇制も2665年の伝統を変えて権威が保てるのか。今現在なら天皇制を否定する人はわずかですが、天皇家にゴタゴタ騒ぎが起きて国民の評判が落ちた時に、英国みたいに王室なんて無くしてしまえという人が必ず出てくる。チャールズ皇太子のように不倫したり離婚再婚したりと言う問題もありえるから、英国王室の危機は他人事ではない。
天皇は日本の国家元首であるから天皇家だけの意向で決められるわけではありませんが、有識者会議だけで決められる問題でもない。世論もどのように変わって行くかもしれないし、天皇制なんていらないと言う意見だって当然出てくる。しかも天皇家が断絶してしまうと憲法まで改正する必要が出てくる。
天皇家に国民の関心がなくなり、誰も気がつかないうちに無くなっていたのなら問題は無い。むしろ皇室への関心が高すぎるから後継問題が大きくなってしまう。現状では皇室へ嫁ぐ人がいなくなり愛子天皇は独身を通されることも考えられる。女系天皇では今まで考えられなかったような問題が浮上してからでは、やっぱりまずかったと言うわけにはいかないから、伝統は変えるべきではないと思う。

天皇制は、日本の誇るべき良い伝統なので、私も変えるべきでないと思う。

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